それに、米谷さんには“彼”がいた。小説にもたびたび登場する脳障害を持つ次男――彼と生きる米谷さんの痛苦は私などにはわかりようがなく、そのことに負い目に似た感情も抱いていた。

 大火から1年が過ぎ、最近になって米谷さんがシニアホームにいることを知った。ご自宅はやはり全焼したという。95歳になる米谷さんの心情はいかばかりか。

「私たちは自然にやっつけられたんです」

「諦めましたよ、どうにもならないもの、あなた。いろいろ思ったところでしゃあないわ」

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 ロサンゼルス南部にある高級シニアホームに、四半世紀ぶりに米谷さんを訪ねると、米谷さんはそう言って私を迎えた。意外にも以前より少しふっくらとして穏やかな表情だ。日々、絵画を描いたり読書をして過ごしているという。

1986年、第94回芥川賞・直木賞授賞式での米谷氏(中央)。林真理子氏、森田誠吾氏(右)と

 ――お元気で安心しましたけれど、ずいぶんと諦めがよくて驚いています。

「ひとりで海を渡ってアメリカに来るような女は、みんな思い切りがいいのとちがいますか? 何もこの歳になって……とはもちろん思います。あの戦争でも家は焼けなかったのに、ね。画家として奨学金を得て渡米したのが60年だから、64年間この国に住んで最後に家からほっぽり出されたことになりますか。そら、この1年の間に腹を立てた時期もあります。だけど、立てたところで何すんのん?」

 米谷作品のいまひとつの真骨頂は、この世を出身地、大阪の上方言葉を用いて客観視する諧謔にある。普段の会話も同様で、聞く者を風通しのよい笑いに包む。

 ――数カ月前、29歳の男が放火容疑で逮捕されました。それでも腹は立たないですか?

「ああ、ドライバーだったっていう男ね。あの男を恨んでもどうにもなりませんよ。放火とはいえ相手は自然。私たちは自然にやっつけられたんです」

この続きでは、火災で自宅を失ってからの暮らしについて語られています〉

※本記事の全文(約5000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年2月号に掲載されています(柳田由紀子「芥川賞作家、米谷ふみ子95歳 ロス高級住宅街大火災で家を喪う」)。全文では下記の内容をお読みいただけます。

・“過去”が全部消えてしまった
・まるでゴヤの『巨人』
・スピルバーグが越してきてから
・半分を日本建築に

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出典元

文藝春秋

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