携帯電話事業への巨額投資で赤字に苦しんだ楽天に、サイバーエージェントが100億円の出資を決めたのは2023年5月のこと。「創業以来最大の危機」に瀕していた楽天を、サイバーエージェントが救ったことが注目を集めた。実は、この出資はサイバーエージェントの藤田晋氏が、楽天の三木谷浩史氏に「20年越しの恩返し」を果たした側面があるという。ジャーナリストの大西康之氏が解説する。
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藤田が陥った最大のピンチ
日本でもネットバブルが崩壊し、ネットベンチャーの株価が軒並み暴落した2001年、藤田氏は「社長を辞めようか」と思い詰めるほどの危機に瀕していた。「もの言う株主」として世間の注目を集めた元通産官僚、村上世彰氏率いる投資ファンド、M&Aコンサルティング(通称=村上ファンド)が暴落したサイバー株を買い集め、10%を保有する第4位株主に躍り出て、サイバーに「会社の解散」を要求してきたのだ。
1998年創業のサイバーは当初、ネットバブルで雨後の筍のように生まれたネットベンチャーの営業代行からスタートした。エンジニアが立ち上げたネットベンチャーはどこも営業担当者がいなかったので、それなりに儲かった。
やがて営業代行に限界を感じ始めた藤田氏は、米国で実際に見られた分だけ広告料をもらう「クリック保証型広告」というサービスが伸びていることを知り、そちらに舵を切る。営業代行という「力仕事」をやっていたサイバーに、そんなシステムを組み上げられるエンジニアはいなかったが、これを「楽勝っすよ」と請け負ったのが、堀江貴文氏率いるオン・ザ・エッジ(後のライブドア)だ。
米国で流行ったサービスを日本に持ち込めば成功する「タイムマシン経営」がまだギリギリで成立するタイミングだった。サイバーは2000年3月、創業3年目で東証マザーズ市場(現東証グロース市場)に上場し、市場から200億円の資金を調達する。26歳の藤田氏は一躍、時代の寵児になった。
しかし、わずか9カ月後にネットバブルが崩壊。サイバーの株価は上場時の8分の1に急落し、12月の株主総会で藤田氏は株主から罵声を浴びせられた。これに乗じたのが村上氏だ。
「これだけ株主に迷惑をかけたのだから、会社を解散して上場益を株主に返すべきだ」
村上氏の提案を藤田氏は拒否したが、村上氏の根回しは周到だった。

