こうして、520人のリストから各人をイメージさせる靴を並べ、久米さんが語りだす構成の番組を放送したところ注目を集め、その後もチャレンジャー号爆発事故にフィリピン政変と、多くのニュースを報じるうち、報道番組としての形が出来上がっていった。

ニュースステーションでの久米宏さん ©朝日新聞社

あの「手酌ビール」の最終回、久米さんの心中は……

 そして続いた18年にわたる放送。2004年に迎えた最終回では、久米さんがビールを手酌で注いで飲む様子が話題になった。このときの様子について、早河氏にはある思いがあるという。

「印象的なシーンですが、あのビールを飲みながら、彼の心の中にはもう少し番組を続けたいという気持ちもあったのではないかと、私は推測しています」

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 早河氏がそう語る理由とは……。

 2月10日発売の「文藝春秋」3月号及び、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」(2月9日先行公開)では、スタート直後の低迷期を支えた一人のキーパーソン、放送開始と同時に電話が鳴り止まなかったというクレームの嵐に悩んだ日々、久米さんにとって「緊張のない時間はそのくらいしかなかった」という休日の様子など、テレビに映らなかった久米宏の奮闘が8ページにわたって詳報されている。

文藝春秋

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「やってられない!」久米宏が吠えた日
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