今年1月1日に亡くなった久米宏さん。「ぴったし カン・カン」や「ザ・ベストテン」など数々の伝説的な番組で知られるが、自伝で「最も楽しいテレビ番組だった」と振り返ったのが、1985年にスタートした「ニュースステーション」(テレビ朝日系)だった。

久米宏さん ©文藝春秋

 現在放送されている「報道ステーション」の前身で、平均14%超の視聴率を記録した。初代チーフ・プロデューサーで、現在はテレビ朝日ホールディングス代表取締役会長の早河洋氏が、当時の久米さんの奮闘を「文藝春秋」の取材に語った。

 1985年10月7日の初回放送の特集は「鮭」。身近な食卓を切り口に各地を中継で結び、河川の汚染や環境問題を考える企画だったと言うが……。

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「ところが、本番で機器が故障し、現場の映像が出ない。札幌のアナウンサーの食事風景や新潟の割烹鮭料理、福岡の鮭神社とどうにか繋いだものの、肝心のVTRがないのであまりに締まらない中継が続きました」(早河氏・以下同)

早河洋氏 ©文藝春秋

 テレビ朝日の報道局と外部のテレビ番組制作会社との協同による現場は混迷し、最初の3ヵ月は低空飛行が続き、5%前後まで下がったこともあった。久米さんは「こんなんじゃやってられない!」と反省会で強く訴えたという。

その年の暮れ、転機が訪れた

 転機が訪れたのは同年12月の放送だったと早河氏は回顧する。

「1年を振り返る特集で、夏に起こった日航機墜落事故を取り上げることにしました。520人の尊い命が一瞬にして失われたこの事故をどのように伝えるべきか。会議で悩んでいると、久米さんが突然、『靴を並べましょう』と言い出した。大人もいれば女性も子どもも被害者になったことを、映像メディアであるテレビだからこそ、わかりやすいビジュアルで一気に見せるべきだというのです」