史上最悪の少年犯罪と呼ばれる「綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件」。事件を長年追ってきた元「ニュースステーション」ディレクター・山﨑裕侍氏は、服役を終えた元少年・Cの行方を追い、9回目の張り込みでついに本人と対峙した。
その貴重なインタビューの様子を記した著書『償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って』から、加害者の内面と「償い」への姿勢が浮かび上がる。
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「自分のことばかり考えているというのはありますね」
「事件から11年が経つが、何がいけなかったとか考えますか?」という山﨑氏の問いかけに、Cは「本人の弱さとか」と答えた。なめらかだった口調に急ブレーキがかかったかのような瞬間だったという。
被害者の父親は裁判中、「私たち親の気持ちとしては、これだけ残虐な殺され方をして、『返せ』と言っても死んでしまったわけですから、償いは一生かかってもやってもらいたい」と訴えた。山﨑氏がこの言葉をどう受け止めているか尋ねると、Cは「今、だからまだ自分自身のなかで落ち着いていないし、やっぱこういうふうに生活していればそのなかで一生懸命やるとか」と、明確な答えを避けた。
「事件のことを忘れたことはないと言いましたが、被害者に対して申し訳ないという気持ちを持ち続けている?」という問いに対し、Cは「なんて言うんですかね、自分のことばかり考えているというのはありますね。正直、自分がいちばんかわいいじゃないけど、そういうふうになっちゃう」と率直に語った。
「申し訳ないとかそういう気持ちはそんなにはないんでしょうか?」と尋ねると、「なくはないです」と返答したものの、「自分が毎日生活するので精一杯」という言葉が続いた。
将来的な償いについて問われると、「今の段階ではそこまでの余裕じゃないけど、自分の生きていく、生活していくのが結構大変だから」と語った。
結婚や子どもの話題になった時点で、Cは「それはちょっとわからないというか……。申し訳ないですけど、もういいですか」と言って、アパートに向かって歩き出した。山﨑氏は、Cが表情をほとんど変えることなく、反省や償いについて迷ったり葛藤したりする素振りすら見せなかったことに、底知れぬ闇に触れたような寒気を覚えたという。
東京高裁判決によれば、Cの両親は「自宅を売却し、その中から1000万円を被害者遺族への賠償金として提供するため積み立てている」とあったが、高裁判決が下った1991年7月時点で、主犯格A以外の賠償金を遺族は受け取っていなかった。山﨑氏がCの両親を訪ねた際も、「お断りします」「とくに何もありません。お引き取り願います」と取材を拒否されている。
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