「俺、フトシちゃん。覚えてる?」――高校時代、ほとんど話したことのない同級生からの一本の電話。それは後に、家族6人が互いを拷問し、殺し合う地獄の始まりとなった。
1997年から1998年にかけて発生した「北九州監禁殺人事件」は、主犯・松永太のマインドコントロールによって引き起こされた凄惨な事件だった。
太ももをえぐり、安全ピンで「自分の名前」を刻印
松永太は1961年4月、福岡県北九州市で生まれた。幼少期から「オール5」の優等生で学級委員長や生徒会役員を務め、中学では弁論大会で優勝するほどの口の巧さを持っていた。しかし、自分より弱い存在に横暴な態度をとり、虚言癖があったという。
高校2年生のときには不純異性交遊で退学処分となり、卒業後は就職するも10日で退職。1981年に父親から家業を譲り受け、布団訪問販売会社「ワールド」を設立した。原価3万円の布団を25万円で売りつける詐欺的商売で会社を急成長させる。
松永が緒方純子に接触したのは1980年夏、突然の電話から始まった。最初は警戒していた緒方だったが、明るくユーモアのある話ぶりに心を許してしまう。裕福な農家出身の緒方は、幼稚園教諭として働いていた。松永が緒方と肉体関係を持ったのは、自分の妻が妊娠中だった1982年10月頃だった。
竹刀で喉ぼとけを殴り、太ももをえぐり
不倫関係が発覚し、緒方の両親が松永を説得しようとするが、逆に松永に言い含められてしまう。この一件をきっかけに松永の態度は豹変。緒方への虐待が始まった。
竹刀で喉ぼとけを殴り、踵落としで太ももをえぐり、胸と太ももにタバコの火と安全ピン、墨汁で「太」と自分の名前を刻印した。さらに緒方の母親を呼び出して肉体関係を持ち、自分の味方にしてしまう。
1990年頃、バブル崩壊の影響でワールドは業績不振に陥る。松永は緒方ら愛人女性たちの名義で金を借り、会社の運転資金に充てた。1992年に詐欺罪と脅迫罪で指名手配され、石川県に逃亡後、北九州に舞い戻る。
最終的に7人の命を…
1995年、松永は別の男性Bさんを支配下に置き、「緒方や自分の娘に性的虐待をした」など嘘の事実確認書を強引に書かせた。さらに「通電」という拷問を施し、Bさんは1996年2月に衰弱死。遺体は緒方らに処理させ、殺人に加担したという罪の意識を植えつけた。
松永の残虐な手口と巧みな支配術が、後に7人もの命を奪う凄惨な事件へと発展していくのである。
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