昨年夏、英国推理作家協会が主催する権威ある文学賞、通称「ダガー賞」の翻訳部門を、日本人作家としてはじめて王谷晶の『ババヤガの夜』(サム・ベット訳)が受賞した。作品の独自性が評価されたのは当然ながら、かの地で広く読まれたのは偶然ではなかった。同賞を競ったのも元は日本語で書かれた柚木麻子の『BUTTER』(ポリー・バートン訳)であった。
近年、三島由紀夫、川端康成、村上春樹だけではない日本文学が、海外で受容されるようになったのはなぜか。その経緯を追いながら、文化交流の舞台裏まで解き明かそうというのが、本書の狙いだ。長年英語圏の作品の邦訳を手がけ、日本文学にも精通する著者ならではのジャーナリスティックな分析が冴えわたる。
2010年代に入り、多和田葉子、川上未映子、小川洋子、村田沙耶香、柳美里など、とりわけ女性作家の現代的な小説が海外のメジャーな文学賞にノミネートされたり受賞したりすることが顕著に増えた。文化交流は、方法や制度が確立しなければ持続性がない。必要性を見出せなければ、門は閉ざされる。日本では文化庁が主導した「現代日本文学翻訳・普及事業」(JLPP)、また英米の教育機関での翻訳講座や日本財団による若手の日英翻訳家の育成が奏功し、有能かつ目利きの日英翻訳者が活躍しだしたのが、この頃だ。
さらに、英語圏の意識変革が起きたことも、要因のひとつと著者は見ている。メジャー言語であるがゆえに「英語帝国」においては翻訳書を敬遠したり他国の文化をないがしろにしたりした歴史があった。翻訳時に過度にわかりやすく内容を改変し、「翻訳者隠し」までして、その本が非英語で書かれたと読者に悟らせない工夫もあった。しかし現在25歳から34歳の若年層、いわゆるミレニアル世代からZ世代は翻訳書をそれと知って好んで買う。
〈若い読者の翻訳小説好みは、今世紀に入ってからの世界的な保守化、排外主義、内向志向の高まりの反動という面が確実にある〉と著者はいう。
日本語からの翻訳作に女性作家の小説が多いこともこれである程度、説明がつく。マイノリティ性への理解と共感の希求が、翻訳小説の活況を後押ししている。物語を通じて、物理的にも精神的にも遠く隔たりのある他者を抱きしめようとする、真のダイバーシティ精神の表れなのだ。
日本でも近年、とくにハン・ガンのノーベル文学賞受賞もあって韓国文学の受容がさらに深まった。こつこつと優れた韓国文学を日本に紹介してきた小規模出版社の努力は、本書で紹介された英米のリトルプレスの存在感とも重なる。
情報と小説は似ているようで異なる。グローバル資本主義の勝ち組たるGAFAMが情報を一元管理せんとする今こそいっそう、海外文学を読む意義を本書は教えてくれるのだ。
こうのすゆきこ/1963年東京都生まれ。翻訳家、文芸評論家。英米圏の同時代作家の紹介と並んで古典名作の新訳にも力を注ぐ。主な訳書にヴァージニア・ウルフ『灯台へ』等。著書に『小説、この小さきもの』等。
えなみあみこ/1975年、大阪府生まれ。書評家、京都芸術大学文芸表現学科准教授。共著に『韓国文学を旅する60章』等。
