パク・チャヌクは男性性そのものにメスを入れている
ユ・マンスの無茶な殺人計画の基本原理となっているのは、自分の稼ぎで家族を支える“家長”としての理想像である。韓国で根強い家父長制的な思想と貧困に対する恐怖という意味では、本作はポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』(19年)と対で語られるべき映画だろう。しかし、パク・チャヌクは一歩進んで、ある世代以上の男性たちを苦しめている男性性そのものにメスを入れている。
チョー・ヨンピルの「赤とんぼ」がステレオから大音量で流れる中、殺そうとするターゲットとその妻と揉み合いになるユ・マンスの台詞が印象的だ。「お前はワイフの合理的な提案に耳を貸そうとしなかった」。劇中、ターゲットとユ・マンスの顔が重なるシーンがある。彼は明らかに相手に自分を投影してそう言っているのである。
自分は専門職一筋でやって来てひとつのことしかできない、男性だからひとつの方向性でしか生きられない。原題通り「他に道はない」という思いがどう考えても合理的ではない行動に主人公を駆り立てていく。企業のAI起用やオートメーション化による残酷な人員削減という現実がこの悲喜劇の背景にある。しかし、企業の方は人間を見捨てることで新しい未来に向かっているのだろうか? ラスト、方向性は変わっているように見えても、実は企業も資源を使い尽くすという先のない一本道を歩んでいっていることが示唆される。男性性の新しい道を模索することは、この世界全体の仕組みを変えることにつながっているのだ。
やまさき・まどか 1970年、東京都生まれ。コラムニスト・翻訳家。本や映画、音楽などカルチャー全般、特に「女子文化」に精通している。著書に『オリーブ少女ライフ』、『映画の感傷 山崎まどか映画エッセイ集』など。
INTRODUCTION
『オールド・ボーイ』(03年)『お嬢さん』(16年)など、名作を多数生んできたパク・チャヌク監督最新作。会社勤めしてきた人間を苦しめ悩ます“突然の解雇”を独自の視点で描く。21年ぶりに主演に迎えたイ・ビョンホンを始め、『私の頭の中の消しゴム』(04年)のソン・イェジンら豪華キャストが集結。ヴェネチア国際映画祭での批評的好評を受け、米アカデミー賞国際長編映画賞の韓国代表にも選出された。
STORY
製紙会社のサラリーマンとして順調に昇進を果たし、「すべてが満ち足りている」と感じていたユ・マンス(イ・ビョンホン)。妻と2人の子ども、2匹の犬と共に経済的にも恵まれた日々を送っていたが、25年勤めた会社から突然解雇されてしまう。様々な製紙会社にアプローチするも、就職活動は難航し、愛着ある自宅を失う瀬戸際にまで追い詰められた。そこで彼はこう考える。「ポストに空きがないなら、自分で作るしかない」。イライラを募らせる妻ミリ(ソン・イェジン)や、ポジションを争うライバルたち(イ・ソンミンほか)ら、それぞれの思惑を抱えた登場人物たちによって、事態はマンスの予測を超えた方向に進んでしまう——。
STAFF & CAST
監督・脚本:パク・チャヌク/出演:イ・ビョンホン、ソン・イェジン、パク・ヒスン、イ・ソンミン、ヨム・ヘラン、チャ・スンウォン/2025年/韓国/139分/配給:キノフィルムズ/©2025 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM ALL RIGHTS RESERVED

