世界恐慌まっ只中の1930年代。注文の途絶えた建設会社の共同経営者レナードは美しく官能的な妻ドリスをもてあましている。いくら浮気をされても惚れた弱みで頭が上がらない。
結婚と出産で歌手としてのキャリアを棒に振ったと考えているドリスが、現役復帰をめざしたいという。リサイタルの成功のためレナードは奔走するが、いかんせんドリスには歌の才能がない。声もいいし美貌とファッションセンスもある。でも歌だけがダメなのだ。
その夜の観客に著名な歌手セシル・カーヴァーがいたことで、二人の運命は逆転する。妻の才能について意見を聞くためセシルと会ったレナードがその場でふと口ずさんだ歌のために美声が判明。「1年以内にニューヨーク・フィルと共演させてあげる」とセシルに太鼓判を押されてしまう。
こんな具合に物事がコメディタッチでどんどん進むうち、読者はこの物語にすっかり魅せられる。ページをめくる手が止まらないという常套句は、この作品のためにあるようなものだ。
作者ケインは何度も映画化された名作『郵便配達は二度ベルを鳴らす』でよく知られ、一般的にはハードボイルドの作家として論じられてきた。軽いコメディタッチで進み、最後まで一人も人が死なない本作は異色作ともいえる。
だがそのおかげで、本作にはケインという作家の本領がはっきりと出ている。それは何か。ひとことで言えば、人間性に対する深い透察である。人間は弱い。しかしそれゆえに美しい。愛という複雑な機制はその隙間にこそ忍びこむのだ。
レナードは思わぬ才能を開花させ、セシルの地方ツアーに誘われる。ようやく妻に対する劣等感から抜け出し、男としての自信をとりもどしたレナードだが、初めてのグランド・オペラで大失敗。だがセシルの助言が彼を救う。他方、次の機会でドリスは歌う前にブーイングをくらい、完全に打ちのめされてしまう。ツアーから戻りそのことを知ったレナードのある行動が、さらなる破局をもたらす。
都会的だが浮気性のドリスと、歌の才能はあれど野暮ったいセシル。対照的な二人のどちらをとるか、レナードは悩む。「運命の女(ファム・ファタル)」といえばケインの作品に欠かせない存在だが、それは二人のどちらか。二転三転する物語は容易にそれを悟らせない。その意味で本作は一級品のメロドラマだ。
「まったくの素人が突然オペラ歌手になる」という突拍子もない筋書きを支えるのは、『ラ・ボエーム』『椿姫』などの演目とその舞台裏の真に迫った描写である。じつはケインの母はオペラ歌手で、自身も少年時代には同じ職業を目指したことがあるという。この主題はケインにとって、いわば自家薬籠中のものなのだ。本作全体をしっかりと支える余裕とユーモアは、そこに根ざしている。
James Mallahan Cain/1892年アメリカ生まれ。ジャーナリスト、作家、映画脚本家。代表作は1934年に発表した長編『郵便配達は二度ベルを鳴らす』で、これまでに4度、映画化されている。ほかに『殺人保険』『ミルドレッド・ピアース』など。77年没。
なかまたあきお/1964年生まれ。評論家・編集者。個人出版プロジェクト「破船房」を営む。新刊は書評集『栞と羅針盤』。
