1983年、医学部に通っていた姉が統合失調症を発症した。しかし、両親は姉を医療に繋げようとはしなかった。弟である藤野知明監督は、そんな両親に怒りを募らせ、一時は「突発的に両親を殺してしまうのではないか」と思い詰めるほどだったという。やがて監督は、家族の状況をカメラで記録し始める。

 その記録はドキュメンタリー映画『どうすればよかったか?』となり、今年1月には同名の書籍『どうすればよかったか?』(文藝春秋)も刊行された。

 姉はなぜ、発症から25年もの歳月を経て入院することになったのか。藤野監督が語る、家族の記録と葛藤とは。

ADVERTISEMENT

藤野知明監督 ©文藝春秋

◆◆◆

「何が家の中で起きていたのか、わからなくなる」家族の状況をカメラで記録し始めたワケ

 藤野知明監督の姉が統合失調症を発症したのは1983年のことである。医療につなげない両親との口論が増え、藤野監督は「毎朝、日が昇ってくるのが怖かった」と当時を振り返る。「また同じ1日が始まるのかと思うと、とにかく怖くて」と語るその日々は、彼が大学を卒業して横浜の住宅メーカーに就職し、実家を離れるまで続いた。

 実家を離れても、家族との縁を切ることはなかった。姉は被害者であり、いつか何とかしたいという思いがあったからだ。藤野監督は「自分の生活を確立しなければならない」という思いで家を出たのであり、「その準備がある程度できた段階で、また家族と向き合おうと決めていました」と語る。

 家族の記録を始めたのは、実家を出る直前の1992年。両親が姉の状態を「問題がない、正常だ」と言い張るため、「記録を残しておかないと、あとで何が家の中で起きていたのか、わからなくなると思った」ことがきっかけだった。最初はウォークマンで録音し、2001年からはカメラを回すようになった。

1992年、初めて家の様子を録音した時。姉は隣の部屋と私がいる部屋を行ったり来たりしながらしゃべり続けていた。父は姉の後をついて歩き、姉をなだめようとしていた。母は家の中にいたが、この時近くにはいなかった。時刻は夜10時をまわっていた。(イラスト:藤野知明) ©2024動画工房ぞうしま

「もう、一刻を争う大変な事態になった」玄関には南京錠と鎖が…

 状況が決定的に悪化したのは2005年。藤野監督が久々に実家に帰ると、玄関には南京錠と鎖がかけられていた。その光景を目の当たりにし、「もう、一刻を争う大変な事態になった」と思ったという。それは、両親が自分たちで治療するという考えからも逸脱し、「もう自分たちの手に負えなくなった」という証拠に他ならなかった。

 この頃から、母親の認知症も進行し始める。さらに、南京錠をかけられて以降、姉は外出できなくなり、入浴もせず髪はベタベタな状態になった。周囲に関心を示さなくなる「無為自閉」の状態に近づき、コミュニケーションは一層困難になった。2006年から2007年にかけて、家の中は混乱を極めていたのである。

 80代の父が一人で母と姉の面倒を見る状況は限界に達していた。藤野監督は以前から相談していた精神科医と共に、父の説得を計画する。父も自身の限界を認め、ついに姉の入院に同意した。発症から25年、姉が49歳の時だった。家族みんなで車に乗り、姉は静かに病院に着いた。「本当にもうこれしかないと思う方法で入院ができた」と藤野監督は語る。

入院前の様子。家に閉じ込められた姉を外へ連れ出そうとしている父。 ©2024動画工房ぞうしま

「25年という歳月は、あまりにも長すぎた」

 入院治療の効果は現れ、姉の状態は少しずつ回復していった。短い会話が続くようになり、表情も豊かになった。しかし、退院から6年後の2014年、姉にステージ4の末期肺がんが見つかる。そして2021年、姉はこの世を去った。

 藤野監督は、今も後悔の念を抱いている。

「統合失調症の急性期症状が出てから治療に繋がるまでにかかった25年という歳月は、あまりにも長すぎたなと」

 2008年によく効いた薬は1996年には認可されており、もしその頃に受診できていれば、12年早く治療を始められたかもしれなかった。

 映画と書籍のタイトルである『どうすればよかったか?』は、藤野監督自身が40年間抱え続けてきた疑問だ。「もっと早く、姉を病院に受診させるべきでした」と彼は言う。

「統合失調症」という病気以上に、周囲の不適切な対応が、多くの可能性や時間を奪ってしまう。この問いを社会に投げかけることで、同じような状況にある人々が「どう対応するべきか」を考えるきっかけになることを願っている。

2014年。ガンの診断が確定した少し後。姉は宇宙に関心があったので旧ソ連製の宇宙ステーション、ミールの実物予備機を苫小牧に見に行った。 ©2024動画工房ぞうしま

◆◆◆

 このインタビューの本編は、以下のリンクからお読みいただけます。

次のページ 写真ページはこちら