15歳で祇園のクラブに足を踏み入れ、17歳で出産、シングルマザーとして2人の子どもを育てながら、20代でクラブのオーナーママになった「ゆり姫」さん。
きらびやかな経歴の裏には、若き経営者を待ち構えていた想像を絶するトラブルがあった。そしてその先に待っていたのが、カスタムカーとの運命的な出会いだった。
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自分の店なのに「孤立」…従業員の結託で迎えた孤独な日々
まだ20代で京都・祇園にクラブを立ち上げたゆり姫さん。女の子を大事にするお店を作りたいという思いを持ち、他店と比べてもかなりの好待遇で従業員を迎えた。しかし、その環境が当たり前になったとき、思わぬ反乱が起きる。
「そもそもは、私のことを嫌っている黒服の子がいて。その子が女の子たちを巻き込んで、『ママをハブろう』って言い出したみたいなんですね」
本来であれば、オーナーママが各テーブルのお客に挨拶して回るのがクラブの慣習だ。しかし、ゆり姫さんはキャストたちから「ママ、来ないでください。あのお客様、ママのことNGなんで」と声をかけられたのだという。従業員からの拒絶を繰り返されながらも、その状況をしたたかに耐えた。
「結局そういう子たちってすぐに辞めていくんですよ。それで、最後にいい子が残る。人間ってそういうもんなんかなって、色々勉強になりましたね」
20代のオーナーママという立場の難しさを身をもって体感した日々だった。さらに夜の商売ならではの客とのトラブルにも直面した。売り掛けで消えた客もおり、そんな客に対し、なす術はなかった。
祇園で磨いた「負けず嫌い」がカスタムカーの世界へ
幾多の苦労を経てたどり着いた先に、出会いがあった。近所の車屋にあった軽く弄ってある状態の日産・プレジデントに一目惚れしたのだ。
そのプレジデントを購入したところ、車好きの知り合いから、「ドレスアップカーのイベントがあるから出てみたら」と誘われる。イベントに出展すると、授賞式でトロフィーを獲得。その瞬間、彼女に火がついた。
「『もっと上に行きたい!』とすぐに火がついて、次はもうフェンダーまでやっちゃっていましたね」
プレジデントへのこだわりは、単なる“いいクルマが欲しい”という欲求を超えた。作り替えるたびに数百万円が優に飛んでいって、思うような結果が出ないことも珍しくないそうだが、そんなときはすぐにその後のイベントに出すのを中断して新たに作り直すのだとか。
「カッコよく思われない状態で、この子を並べるのは恥ずかしいですから」
以下のインタビュー本編では、プレジデントへの執念と具体的なカスタム内容、現在の夫との出会い、そして次なるカスタムカーの夢についても詳しく語られる。
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