苗字を夫が変えたことで「支配」とかそんな強めのことを言われてたとは、初耳だった。すごいセリフだなと驚きもしたが、同時になにかひっかかるものがあった。

 この人の発言ってそんなに珍奇なものなんだろうか。

鳥飼茜『今世紀最大の理不尽 それでも、結婚がしたかった』(文藝春秋)

 夫を自分の苗字にすることで、Kさんが夫さんを支配してると、この人は反射的におもったのだろう。つい口をついて出たのだろう。

ADVERTISEMENT

 つまりそれほどに、日本社会では結婚した女の人が夫の苗字になることが当然で、そこには、夫による妻の支配、という意味が自然と含まれてしまっていたということだ。その力学はあまりに自明で言語化されない。でも男女の立場が逆転して初めて、相手に苗字を変えさせるという行動が、「支配してるね」という言葉に変換されて表されたのだ。

 通例どおりに夫の苗字に変えさせることは、妻を少なからず支配することになるというのが、わざわざ言うまでもないほど、自然で自明なことだった、ということになる。この人の中では。

 でもこの人ってそんなに変わった価値観の持ち主なのか?

 この発言を読み解く限り、実はかなり一般的な考えの持ち主なんじゃないかと思えてくる。

 そういう視点を持ったことがなかっただけで、実は自分の中にももうずっと長い間、同じような価値観が根付いてきたのじゃないか?

 これまでに2回結婚したが、2回とも、相手との間に私の苗字になろうなんていう話は出たことがなかった。事実婚か法律婚かの二択の選択余地はあったが、相手の男性が、私の苗字に変えようかという発想をするのを見ることがなかった。

 自分が、させなかったのだ。まさかそんなことをさせるわけにいかないとまで思っていた。

 もちろん私の苗字が奇抜だったり、離婚後も元夫の苗字を名乗っていたりと、事情はあった。でも。

 私が自分の苗字をまあまあ好きだったら、相手にそのように変えてくれ、と言っただろうか?

結婚して発動した謎の「へりくだり」

 Kさんの夫さんは変わっていて、Kという苗字そのものに以前から憧れがあったという。

 特殊なパターンではあるものの、世の中の大半が選択するだろう既定路線と逆の選択をしてまで妻の都合に合わせる結果となった夫さんのその歩み寄りを、どうにも羨ましいと感じてしまう。

 今まで受けていた抑圧や理不尽を、立場を反転させ、肩代わりしてくださいと望むのは差別問題においてすごく慎重にならないといけない態度だと思う。そんな押し付け合いでは根本の解決には、到底ならないからだ。

 そう思いつつ、これまでの男女を取り巻く歴史があって、その上で男性が一旦逆の姿を見せてくれることに、癒しを感じてしまうのも事実である。