メタフィクション、変格ミステリそして奇書
編集A メタフィクションというと、作品世界と現実世界とが相互に侵食していく竹本健治さんの作品のようなイメージを考えていたのでしょうか?
倉野 そうですね。当初は実名小説をやろうかとも思っていたので、まさに竹本さんの「ウロボロス」シリーズのような作品が念頭にありました。でも初稿段階ではラスト近くでようやく作品世界が現実へと侵食がなされるという感じで、これではちょっと唐突すぎますねと担当氏にも指摘されました。
編集A 主人公の倉賀野影比古は等身大の倉野さんのようですし、他にも某著名ホラー・ミステリ評論家を彷彿とさせる人物や、私をモデルとしたと思しき編集者まで登場するのはその名残なんですね(笑)。
ところで、倉野さんが考える奇書の定義とはどのようなものなのでしょう?
倉野 定義というほどしっかりしたものは持ち合わせていないのですが……ヘンテコなことは大前提として、そのヘンテコさの裏に一本、理論なり思想なりが裏打ちされていることが必要なのかなと思います。黒死館なら過剰な衒学趣味、ドグラ・マグラなら心理遺伝、というふうに。
編集A では、『ナッハツェーラーの城』での一本の理論・思想とはなんでしょう?
倉野 それはやはり遍在転生理論です。
編集A 偏在転生理論が縦横に展開される第七章が、やはりこの作品の核心ですね。
日本ミステリ界の奇書の魅力
編集A では次に三大奇書、さらに竹本健治さんの『匣の中の失楽』を加えた四大奇書それぞれに対する感想を一言でお願いします。
倉野 『黒死館殺人事件』は「読者の理解なんて頓着せずに小説を書いていいんだ!」、『ドグラ・マグラ』は「チャカポコとかの目眩ましはあるけど、意外と言いたいことは理解しやすいね」、『虚無への供物』は「意外に普通……」ですかね。『匣の中の失楽』は章が変わるごとに、「すごい! すごい!」と大騒ぎしながら読みました(笑)。
