編集A 以前、池袋の焼鳥屋で件の評論家氏と3人で食事したときに、それぞれ三大奇書の中で好きな作品は? という話題になり、その時の各人の意見は作中にも反映されています(笑)。デビュー作の『スノウブラインド』でも触れていらっしゃいましたが、あの頃の倉野さんの『虚無への供物』への評価は厳しめでしたけれど、その後お考えが変わったとか。

倉野 初読のときは、意外と普通のミステリだなあと思ってしまったんです。奇書というくらいだから、『黒死館殺人事件』や『ドグラ・マグラ』みたいな奇天烈な世界が展開されるのか? と勝手に期待してしまって。だけど、その割にはトリックも大したことないなあとか。

 ですが最近再読してみて、全編を貫く耽美主義、細部まで考え抜かれた伏線の数々に唸り、読者を置いてけぼりにして延々と続く軽躁病的な登場人物たちの推理合戦に辟易し、そして彼らへの犯人の糾弾に快哉を叫びました。これが社会派が根強かった時代に書かれたんだから、やっぱり『虚無への供物』は奇書だなあと再認識しました(笑)。

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在りし日の谷崎潤一郎

変格ミステリとはなにか?

編集A この作品は「奇書」であると同時に「変格探偵小説」でもあります。竹本健治さんと出会ったことで「変格ミステリ作家クラブ」も結成し、いまや「変格ミステリの旗手」とも呼ばれる倉野さんですが、倉野さんの考える変格ミステリとはどういうものなのでしょうか?

倉野 作中でも言及していますが、本格ミステリは合理、論理の世界なので精神分析的には自我と超自我の下にあります。一方、変格は論理に縛られない非合理非論理と言えます。無意識の世界で渦巻く欲動を反映してこそ変格だと思っています。

編集A 既出の奇書以外で、倉野さんが考える「これぞ変格」という作品はありますか?

倉野 谷崎潤一郎はこれぞ! という作品を多く書いていますね。私が大好きな『柳湯の事件』や『青塚氏の話』とか。変格ミステリに興味がある方は、ぜひ読んでみてください。

次の記事に続く 〈最後の奇書〉を書いた男――新変格ミステリの旗手・倉野憲比古の作家デビューの経緯と雌伏の時代