13歳でグラビアアイドルとして活動を始め、30歳を迎えた今年、自ら卒業を宣言した西永彩奈さん。岡山県出身の彼女は、デビューから18年間にわたって独自のポジションを確立し続けてきた。そのキャリアを支えた意外な武器、業界の変化、そして引き際の美学について、率直に語っている。

西永彩奈さん 写真=深野未季/文藝春秋

「Aカップって言ったほうが面白いよね」

 グラビア活動において、体型への自信はあったのかと問われた西永さんは「全然なかったです」と即答する。デビュー時はBカップだったものの、高校卒業のころに大きく痩せてAカップになったという。当初はコンプレックスもあったが、やがて発想を転換した。「もうAカップって言ったほうが面白いよね、ってなって公表するようになりました」と西永さんは語る。

 すると年に2回ほど、カップ順に並ぶグラビア企画の仕事が舞い込むようになり、『週刊プレイボーイ』の「ちっぱい番付」では西の横綱に選ばれるまでになった。「Hカップのグラビアアイドルはたくさんいるけど、Aカップはいないから、すぐにキャスティングが決まるんです」という言葉には、長く生き残るための確かな戦略眼がにじむ。

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 ジュニアアイドルからグラビアアイドルへと移行する過程では、求められるものが大きく変化した。DVDの作り方から水着のサイズ感、表情、セリフに至るまで違いがあるといい、最大の変化として西永さんが挙げたのが「前貼り」の存在だ。「存在を全く知らなかったので『前貼りって何?』って感じでしたけど」と笑いながら振り返る。

写真=深野未季/文藝春秋

 水着の紐が細くなることでアンダーが見えてしまうため、透け防止や食い込み防止を目的として前貼りを使用するようになったという。脱毛が業界では遅めの24歳だったことも明かし、「さっさと脱毛しておけば楽だったと思いますね」と続けた。

 30歳という節目での卒業は、28歳ごろから「何となく思っていた」と西永さんは語る。50本目のDVDリリースという目標を達成し、「自分でやめられるうちにやめたほうがかっこいい」と潔く幕を引いた。

 周囲からは「まだ行ける」「どうせカムバックするんでしょ」という声もかかる中での決断——その裏には、18年間のキャリアで彼女だけが見てきた景色と、知られざる想いがあった。グラビアアイドル・西永彩奈さんの“最後の言葉”と、これから描く未来とは。

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