そんな牧野被告が当時17歳の少女Aさんと出会ったのは、「オウリーズ」が結成される直前の22年7月。当時、Aさんは親から虐待を受けて家出中だった。裁判の中で牧野被告は、Aさんとの出会いについてこう語っている。
「Aさんと親との関係はよいとは言いづらく、特に母親との関係が悪くて、持ち物や携帯、お金とか全部奪われて、歩いて家から出てきたという感じでした。日頃から虐待があったということですね」(被告人質問での牧野被告の証言、以下同じ)
牧野被告側から「会う約束をした」ことも
牧野被告はAさんと連絡先を交換し、継続的に相談に乗るようになったという。
Aさんはその日のうちに児童相談所に一時保護されたが連絡のやりとりは続いた。牧野を慕うようになったAさんから連絡することも多かったが、「(Aさんがいた)児童相談所の様子がどんなものか知りたかったので、会う約束をしました」と牧野側から会う機会を作ろうとすることもあった。
そして出会いから10カ月後の23年5月には、2人は交際関係になっている。未成年の支援をうたう団体の代表が、支援対象の未成年と交際するのは本末転倒だ。牧野被告は、こう弁解した。
「最初の段階から気に入られていたので、たくさん相談に乗りました。たくさんのやりとりがあり、僕に好意を示すような内容になっていきました。Aさんがしつこくというよりも、強く迫ってきて、しぶしぶ承諾するような形だったと思います。交際してからもメッセージは日々送られてきました。《あなたを抱きしめてやりたい》とか、《今まで誰よりもあなたのことを想っている》という内容がありました」
この頃、牧野被告とAさんは「将来の結婚に合意した」という婚約誓約書を作成している。Aさん側から「結婚したい」「左手の薬指に(結婚指輪を)ください」というメッセージを送ったこともあるという。
また。Aさんが18歳になる翌年の誕生日の日付で、婚姻届も作成したが、提出はしていない。牧野被告は誓約書を作ったことを認めた上で、真摯な交際だったと主張した。
「誓約書のことはAが望んだことで、喜んでいました。ティファニーに見に行ったり、指輪のサイズを計りに行ったことはありました。Aの曽祖母のお墓参りにも一緒についていきました」
しかし交際関係が始まってから5カ月後の23年10月、牧野被告は17歳だったAさんに埼玉県川越市や東京都豊島区のホテルでわいせつな行為をしたとして逮捕。行為そのものについては不起訴になったが、後にAさんの児童ポルノにあたる写真をスマートフォンで撮影し保存したとして起訴され、裁判になった。
