朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』での本屋大賞受賞、そしてエッセイシリーズ「ゆとり三部作」の累計50万部突破を記念して、読者人気の高かった「ゆとり三部作」のエピソード上位3作(※)を特別公開します。 ※ランキング一覧はこちら

 読者ランキング第1位に輝いたのは、「肛門記」(『風と共にゆとりぬ』収録)。文庫本で70ページ以上が費やされた、破壊と再生の痔瘻手術体験記の冒頭を、一部公開します。

朝井リョウさんのエッセイシリーズ“ゆとり三部作”。©文藝春秋

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 私の肛門がただものではないということは、前作『時をかけるゆとり』を読んでいただいた方ならばすでにご存じのことだろう。その続報として、「考える人」という媒体にてこのようなエッセイを書く機会をいただいた。今回はそのエッセイを引用し読者との情報共有を図ることから始めたい。

 

 ……私の肛門には、少しの刺激でも「おい! 痛えぞ!」と元気に騒ぐ相棒がいる。

 肛門に違和感を抱きはじめたのは4年ほど前のことだ。当時会社勤めをしながら小説を書いていた私は、デスクワークに次ぐデスクワークということで、とにかく椅子に座っている時間が長かった。この痛みは何だろう、ととりあえず肛門科に駆け込んだのだが、軽めの痔だろう、とりあえずあたためるように、というラフな訓示を授かったのみだった。そのため私は、なんだそれくらいのことなのか、とすっかり油断してしまったのだ。また違和感があるようでしたらいらしてください、という医者に、あばよ、という気持ちで背を向けたものである。

 だが、ある日、様相は一転する。

 学生のころより、私は、簡単な移動ならば自転車で済ませていた。その日もいつものように、自転車の細いサドルに腰を下ろした。だがその瞬間、臀部に生息するど根性ガエル的な何かが「コラァ!!」ととんでもない怒号を響かせたのである。

 痛い。あまりにも痛い。この、神経に直接突き刺さるような痛みは、もはや痔からくるものだけではない――私はそう直感した。さらに、サドルに尻が触れたとき、肛門付近のある部分がまるで丘のようにたっぷりと膨らんでいることがわかった。一体何が詰まっている膨らみなのかはわからないが、ただただそこにサドルが触れただけで、強烈に痛いのだ。これは本当に「軽めの痔」なのだろうか。初診から病状が変化しているのではないか……そんな不安を抱えたまま、サドルから腰を浮かせて自転車を漕ぎ続ける日々が続いた。その結果やたらと目的地に早く到着するようになったが、全く嬉しくなかった。

 そしてついに、私の臀部にある丘に嵐が訪れたのである。世界三大悲劇のうちのひとつ「嵐が丘」ならぬ、「丘に嵐」である。

 ある朝、シャワーを浴びようとしたときのことだ。何気なくズボンとパンツをずり下げた私の股に、ねちゃあ、という、気味の悪い感覚が張りついた。

 まさか、まさか……私は恐る恐る、丘の辺りにそっと手を伸ばす――ねちゃあ。

 ぎゃあ!!!

 右のてのひらには、血液と膿のようなものがべっとりと付着していた。「ぎゃあ!!!」私はひとり奇声をあげ、暴れ回り、やがて落ち着いた。そして、「……病院に行こう」とまるで京都にでも行きかねない趣で呟いた。

 医者が言うに、「痔とは全く別の病気である【粉瘤】を発症してしまっている」ということだった。粉瘤とは脂肪や角化表皮が溜まる嚢胞で、炎症を起すと膿むらしく、痛みの原因のほとんどはこれだったようだ。肛門の大量出血は、粉瘤が爆発したことによるものだったという。詳しく説明してもわかりづらいと思うので、ぜひ「粉瘤」で画像検索をしていただきたい。数秒後、「こんなキモい画像検索させんな!」と私に憤慨することだろう。だけど、粉瘤とともに生きていく運命を背負った私のほうが数倍憤慨しているのだ。そのことは忘れないでいただきたい。

 この爆発物をどうにかしてくださいと嘆く私に、医者、いや爆発物処理班は言った。「血と膿を全て出しきりなさい」と。

 私はそれからしばらく、パンツの内側にふわふわのタオルを仕込んだまま社会生活を送った。なにせ、血と膿はいつ垂れ流れてくるのかわからないのである。昼間は勤め先のオフィスにて何食わぬ顔でデスクワークをこなしていた私だったが、タオルで作ったお手製のオムツを穿いていたわけである。自分が魔法使いであることを隠して日常生活を送っている漫画の主人公気分だった。

 血と膿がある程度出てしまえば、丘の盛り上がりはほぼなくなった。一安心である。一安心、となった瞬間、調子に乗った私は、趣味であるバレーボールをしに体育館へと出向いた。丘が盛り上がっている間は自由に体を動かすことができず、ストレスが溜まっていたのだ。だが、興が乗った結果、無理な体勢でレシーブをし、自分のかかとが尻に突き刺さるという悲しい事件が発生した。亡くなった祖母がうっすら見えるほど痛かった。私は「グヌゥ」という断末魔と共にその場に倒れ込んだが、誰にも心配してもらえなかった。

 粉瘤を完治させるには、手術するしか方法はないらしい。臆病者の私はなかなか手術を決心することができず、あれからずっと、この粉瘤と共生している。椅子に座るとき、自転車に乗るとき、スポーツをするとき――あらゆる場面で「オイラはここだぜ!」と存在を主張してくる粉瘤はもはや、私のアイデンティティを宿した相棒のような存在になっている。どっこい生きてるど肛門ガエル、とでも言おうか。手術に踏み切る日は、まだ遠いかもしれない。

(「考える人」2016年冬号)

朝井リョウ『風と共にゆとりぬ』©文藝春秋

 ……このエッセイのタイトルはまさに【どっこい生きてる、ど肛門ガエル】であり、よく「考える人」からOKが出たなァ、と思う。「考える人」の編集長はこのエッセイの掲載の是非について本当にきちんと考えたのだろうか。ともあれ、当時の私は、肛門に自身のアイデンティティが宿っているのよ~等とのたまうほど痔持ちの人生を謳歌していた。当時の私の肩を摑んでじっと目を見つめながら諭したい。早く手術をしろ。

「考える人」のエッセイがなぜこんな余裕しゃくしゃくな雰囲気なのかと言うと、執筆時は症状がかなり落ち着いていたからである。痛みがマックスの状態であれば、こんな気の狂った文章を書くことはない。

(後編に続く)

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 朝井リョウさんによるエッセイシリーズ『時をかけるゆとり』『風と共にゆとりぬ』『そして誰もゆとらなくなった』は文春文庫で好評発売中です。

時をかけるゆとり (文春文庫)

朝井 リョウ

文藝春秋

2014年12月4日 発売

風と共にゆとりぬ (文春文庫 あ 68-4)

朝井 リョウ

文藝春秋

2020年5月8日 発売

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