医師から放たれた衝撃の一言
受付で名前を呼ばれた私は、早速、診察室に東京大学医学部の卒業証書をこれみよがしに飾っている医師の診察を受けた。「ここは?」「痛いです!!」「ここは?」「痛いです!!!」進歩の感じられないやりとりを繰り返したのち、医師は、息も絶え絶えになった私に非情な宣告を下した。
「うーん。前は、粉瘤って診断されたんだよね」
「……はい……」(泣きそう)
「これ、痔瘻を併発してる可能性が高いから、肛門科でも診てもらうべきだね」
じ、じろう?
「痔瘻を併発してる場合は、肛門科での手術になるから。うちは粉瘤専門だから、どっちにしろ今日うちで手術をすることは難しいかな」
今日うちで手術をすることは難しいかな。
今日うちで手術をすることは難しいかな。
今日うちで手術をすることは難しいかな……
破りたい。診察室にこれみよがしに飾られている東京大学医学部の卒業証書を見ながら、私はそう思った。医師は、凶暴化寸前の私に気付く様子もなく、「通いやすい病院に紹介状書くよーおうちはどこー?」と続けた。私は、今日この日、長年の悩みから解き放たれるつもりで、ここ数週間を生き抜いてきたのだ。それだけを支えに、トークイベントで座面からお尻を離したりしつつ、あらゆる痛みを乗り越えてきたのだ。それが、延期される。このときの落胆といったら、筆舌に尽くしがたいものがあった。
結局私はこの日、ベッドの上にブタのように寝転がり、涙目で「痛いです!!」と繰り返し絶叫しただけだった。イライラをぶつけるはけ口もないまま、独り、項垂れて帰宅した。
それにしても、印刷したら黒く潰れてしまいそうな漢字が混入しているこの“痔瘻”とは一体どのような病気なのだろうか。切れ痔やイボ痔はよく聞くし、もっと言えばそれらにはおかしみを内包したポップな響きさえあるのだが、痔瘻にはそれがない。「切れ痔なんだよね~!」とカミングアウトする人の画は漫画タッチで想像されるのに、「痔瘻なんだよね……」と吐露する人の画は陰影の濃い劇画タッチで想像される。“じろう”は、なんだか響きがじめっとしていて怖いのだ。
だが、安心してほしい。怖いのは響きだけではない。
帰宅し、痔瘻について調べていくうち、私の顔面からはどんどん血の気が引いていった。その体験を、これからあなたにもしていただこうと思う。
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