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幼女を麦畑に連れ込み⋯
最初に猥褻行為を働いたのは1946年、小学6年生のとき。幼女を麦畑に連れ込んで、下半身をむき出しにして性器に石を詰め込んだ。
被害者の親が抗議すると、母親は謝罪するどころか「ボクちゃんがそんなことをするはずがない。その時間にボクちゃんは家で一緒だった」と開き直り、被害女児が「ボクちゃんにやられた」と言っても「子供のお医者さんごっこよ。目くじらたてるな」と息子をかばった。
八幡中学校卒業後、しばらく実家の農作業を手伝い、1954年に県立高崎商業高校定時制の分校に入学するも、出席が少なく授業料も未納のままだったため6ヶ月後に除籍に。
その後、東京都板橋区の電気店に住み込みで働いていた際、近所の銭湯の女風呂を覗いているところを現行犯で捕まり店を解雇された。
1953年4月、八幡村に戻り自宅で「清光電器商会」というラジオ修理販売店を開業するが、客とのトラブルから売り上げが落ち、同業者から部品を8回にわたり万引き。
父親が損害を全て弁償したことによって示談が成立し、不起訴処分となる。
1955年7月12日、20歳のとき、初の強姦事件を起こす。
