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ファイターズの気持ちが形になって表れた場面

 僕は試合前半、球場内の風景をウォッチするのに注力した。ライト側の唯一残ったビジョンに選手らのメッセージが映し出される。中田翔キャプテンが「微力ではありますが、今日を復興へのプレーボールとすることを誓います」とスピーチ、大きな拍手を受ける。が、実際のプレーボール直後、ロドリゲスはあっさり失点を許してしまった。こりゃ復興どころかボコられるんじゃないかと案じていたら、鶴岡慎也がナイスリードで立て直してくれた。スタンドは純度が高い。上のほうの席でも、端っこでもみんな選手のメッセージをちゃんと聞いて拍手している。この日、ビジョンは通常演出を止めて、選手メッセージを出し続けた。

 ファイターズの気持ちが形になって表れたのは、4回裏の攻撃だ。近藤健介ヒット、中田翔がバットを折りながら懸命に走って、相手の野選を呼び1死1、2塁。僕はこのときのコンスケ&中田の激走にしびれた。ボテボテのショートゴロだ。折れたバットが飛んでオリックス、安達了一は待って捕った。その分、送球が遅れたといえば遅れたんだが、ほんのわずかの話だ。それをコンスケも中田も命がけで走ってオールセーフ。そこからレアード四球、清宮幸太郎四球でまず押し出し同点。続く鶴岡が初球を叩いてセンター前へ逆転タイムリー。四球の後の初球ってやつだ。短く持ってストレートに張っていた。

 そのときの球場、みんな泣きそうになるのを堪えている。鶴岡の名を呼ぶ。言葉にならない声を上げる。ハイタッチ、ガッツポーズ、やがて「おーいおーい北海道、バンザーイ、バンザーイ!」。僕はレフトスタンドの一角に陣取っていた。何度も拳を突き上げた。この試合だけはみんなと一緒に見たかった。

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最高カッコいいメガホン応援男「キタさん」との出会い

 で、そのおかげで知り合いになったのが恵庭市の北川さん、通称「キタさん」だ。ふと横を見たらGAORA中継でしょっちゅう抜かれているメガホン応援男がいた。精悍な顔つきだ。少し大きめの手製のメガホン。スポーツシャツにスラックス。そしてここがポイントだが白い手袋をして、貴重品のようにメガホンを持つ。服装の伝える文化は体育祭やなんかの応援団スタイルだ。僕らはGAORAの画面越しに、試合後半のヤマ場、全力応援する「キタさん」を見てきた。

 真横で体感する「キタさん」は格別だった。基本的にレフトスタンドの応援は逸脱しないのだ。みんなと同じ応援をする。が、誰よりも声を酷使する。選手名のコールは最後、クリスタルキングばりのハイトーンで抜ける。かと思うとしゃくり上げるような、えずくような、あるいは犬が吠えるような声域をコンビネーションで使う。たぶん声を酷使することがチームを鼓舞する実感とダイレクトにつながっているのだ。そしてのど飴を大量に用意して、イニングの表、敵の攻撃の間に舐めつづける。僕は一発で気に入った。「キタさん」、最高カッコいいぜ。僕はあの、えずくやつがいちばん凄いと思う。

「キタさん」と ©えのきどいちろう

 一般的にはどうも「メガホンおじさん」とか「メガホンニキ」(ニキはアニキ?)とSNS等で呼ばれていたようだ。これからは「キタさん」と敬称で呼んでくださいね。GAORAの画面で見るより百倍凄いことをレフトスタンドの現場でやっている。「野球が戻ってきてよかったねぇ」と話を振ったら「まだ野球どころじゃない人もいて、不謹慎と言われるかもしれないけど、やっぱりみんな野球がないときついんです、待ってたんです」と言う。

 それから僕らレフトスタンドは大田泰示の追加点タイムリーに、鶴岡の2点目のタイムリーに大はしゃぎして、北海道バンザイを繰り返した。またラッキー7、ライトスタンドの「がんばろう西日本!!」「がんばろう関西!!」「がんばろう北海道!!」「野球のちからで日本をあかるく笑顔にしよう!!」「一日も早くみんなが日常を取り戻すことができますように」のオリボードに盛大に拍手した。

 4対1で9回表を迎えたんだけどね、抑えの石川直也がロメロに22号2ランを浴び、尚もランナーを出して薄氷の1点差逃げ切りだった。鶴岡がホームランの後、すぐマウンドに行って石川直を落ち着かせてくれたんだ。

 僕らレフトスタンドは祈りつづけた。勝利と、勝利より大きなものをつかみたくて祈りつづけた。最後は安達を三振に仕留めてくれたよ。笑顔で「キタさん」とハイタッチした。僕はこの1勝を忘れないと思う。

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