両親はギャンブル依存症、幼少期はゴミ屋敷で過ごし4歳で児童養護施設に入所――。
「ダンボール影アート」と呼ぶ、ダンボールを使った摩訶不思議な作品が人気を博し、SNSの総フォロワー数は300万人以上。国内だけでなく、Netflixやバーバリーといった超有名企業・ブランドとのコラボもしているアーティストの黒主厳太さん。現在の華々しい活躍とは裏腹に、学生時代までは壮絶な経験をいくつもしてきた。
中でも悩みの種だったといい、周囲から「妖怪」と呼ばれていた母親とのエピソードを中心に、これまでの生い立ちを聞いた。
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母は「妖怪」、自宅は「お化け屋敷」と呼ばれ……
――4歳で児童養護施設に入られたそうですが、ご両親はほとんど施設に来なかったそうですね。にもかかわらず、お母さんが「悩みのタネ」だったそうですが、なぜでしょう。
黒主厳太さん(以下、黒主) 当時の母は、肌はボロボロ、歯は真っ黒。パチンコ依存や精神病に加えてタバコ依存症も併発し、「ゴールデンバット」という通常よりも強いタバコを1日に2箱以上も吸っていました。加えて、髪の毛は全て抜け落ちるというひどい状態だったんです。
髪の毛が抜けていたのは「神経性脱毛症」を患っていたからなのですが、そうしたひどい姿で授業参観に来るので、同級生に「妖怪」と言われていました。僕自身は心身の病気を患うことはなかったのですが、とにかく毎日がキツかったです。
――12歳で施設を退所して、家族のもとに戻ったあとの生活状況はいかがでしたか。
黒主 自由になれたうれしさはありましたが、貧乏が強いコンプレックスでした。家は相変わらずボロアパートでしたし、中学生で思春期だったこともあり、友人に自宅を知られるのが恥ずかしくて……。
学校の目の前に自宅があったので、同級生に見られないように気をつけていました。でも、すぐに噂が広がってしまって。ツルが生えていたこともあって、自宅は「お化け屋敷」と呼ばれていました。
周囲に「貧乏じゃない」とアピールするために、立派に見えるカーテンや壁紙をリサイクルショップで買い漁ったりもしましたね。ルンバやダイソンなどの壊れた最新家電も、使えないけど、見栄えのために集めたり(笑)。
――ごく普通の子どものお金の使い方ではないですよね。お小遣いで買っていたんですか。
黒主 お小遣いだけでなく、自分が稼いだお金でも買っていました。
――当時、まだ小中学生ですよね。どうやって稼いでいたんですか。


