道路に税金を使って鉄道には使わない。それはおかしいと思いますよ
――現状では一部を除いて鉄道にはほとんど公的資金が投入されていません。こうした状況を踏まえてか、高規格道路の整備などにはどんどん公費が使われるけれど、民営の鉄道には公費がなかなか投じられないのは不公平だという指摘もあります。どう思われますか?
森 道路に税金を使って鉄道には使わない。それはおかしいと思いますよ。そもそも道路と鉄道、どっちを取るのかみたいな議論自体が違うんじゃないか。交通手段としても車と鉄道の二択じゃないでしょう。役割が違うんだから、棲み分けが成り立つはずなんです。実際にデータを取ると、高速道路の平均利用距離って50kmくらいなんですよね。さらに日常の通勤とかで考えると10kmとか20km程度。それよりは長い距離は鉄道が担っているし、500kmを超える長距離になると飛行機利用が増加する。それぞれの役割分担があるんです。
――でも、議論としてはすぐに道路vs.鉄道みたいになってしまう。
森 確かにこれは世界中が悩んでいる問題なんです。お金が無尽蔵にあるわけじゃないですから、1両に数人しか乗っていない鉄道だったら意味がないという議論になってしまうのもわからなくはない。だけど鉄道は一度廃止したら復活できませんから。だから重要なインフラとしての公共交通機関を、地域がどう育てていくかを考えなきゃいけないと思います。
「公共交通とはなんぞや」をいよいよ詰めなければ
――上下分離というのもその中ではひとつの選択肢ですよね。「下」の部分、つまり線路などの施設は国や自治体が税金によってしっかり維持して、「上」の部分の運行は民間がやっていくという。
森 そういう意見もありますよね。実際に上下分離を採用しているケースもちらほら出てきていますし、JR北海道にしても「上」の部分は観光列車に特化するとか、あるいはJR北海道に代わる運営母体が使用することだって考えられます。ただ大きな趨勢ではまだないので、大々的な規模でできるかどうかという議論も必要です。ただ、大前提にあるのは「公共交通とはなんぞや」という議論ですから、いよいよこの問題を国として詰めなければならないのではと考えています。
――本来は公共のものとしてどう維持していくのかという視点が必要だということですね。
森 これも踏み込んだ言い方をしますとね、もう少し政策の振り子、振り幅があってもいいと思うんです。例えばイギリスではサッチャー政権、メジャー政権のもとに進められた国有企業の民営化の中で鉄道の民営化を進めたけれど結局ダメで、また国営に戻した。日本ではそういう政策の行ったり来たりがないんです。もちろん国鉄の分割民営化は株も売っちゃっているし完全にもとに戻すのは難しい。国土交通省としての正式な見解としては、国鉄の民営化というのは正しいことですから、それに逆行するような政策は今のところはできません。でも、個人的にはもう少し行ったり来たりできる政策の柔軟性があってもいいんじゃないかな、とは思っています。社会が常に動いているのならば、社会を支える行政も柔軟な部分を持ち続けなければならないと考えています。
(後編は9月17日に公開予定です)
もり・まさふみ/1959年生まれ。奈良県出身。81年東京大学工学部土木工学科卒業、建設省入省。国土交通省道路局高速道路課長、企画課長、近畿地方整備局長を経て、道路局長、技監。2018年7月、事務次官に就任。
写真=橋本篤/文藝春秋