「本木さんの抱える“気持ちの良い矛盾”が…」
この「揺れ」を重視する姿勢は、ミステリにおける「謎解き」の演出にも表れている。
黒沢 映画にとって過去の説明ほど難しいものはありません。登場人物が「実はあのとき……」と言ったあとに、パパッとフラッシュバックが入るという方法がありますが、個人的にその方法を使って面白くなっている映画を観たためしがない(笑)。「ハイハイ、わかったから早く次へ行ってくれ」と思ってしまう。映画は、おそらく演劇や音楽と同じで、どうやっても現在進行形の表現なんでしょうね。だからこの映画では、いかに長くなろうと謎解きはすべてセリフでしゃべらせることにしました。それから、謎解きの場面は、謎を解くこと以上に、家臣の心をつなぎ止めようとしている村重の様子を見せることが主眼なので、話している本木さんとそれを聞いて合点したり疑問を感じたりする家臣たちの反応を含めてひとつの見せ場にしようと考えました。俳優の皆さんは大変だったと思いますが……。
本木 もう還暦ですから、懸命にセリフを覚えたつもりでも朝起きたら抜け落ちているし、現場でもしょっちゅう狂っていく(笑)。菅田(将暉)さんは全然ブレずに何度でも付き合ってくれました。とにかく監督の長回しはキツイけれど、独自の緊張感が生まれるので面白いです。
黒沢 本木さんが「気持ちの良い矛盾」を抱えて芝居をされているからか、僕は現場では本木さんばかり見てしまっていたと思います。たぶん8対2くらいの割合で菅田さんや吉高(由里子)さんは「おまかせ」状態だったか、と。
本木 それはひとえに私がポンコツだからで(笑)。ただ、一方で監督も、頭のなかの設計図から外れて、なにか思いもよらないものを発見したいという気持ちがあったのではないでしょうか。
黒沢 非常にあります。ただ正直、今回は自分がつくったものが何なのかまだ把握できていないんです。それはやはり時代劇だから。現代劇なら、映画の外側にも地続きの風景が広がっていて、そのなかで発想をふくらませていくことがありますが、時代劇の場合はそうはいきませんでした。
本木 たしかに時代劇の場合は、言葉遣いや所作にも決められている型があるからアドリブも難しいですね。
黒沢 そういうなかでどこまではみ出ることができたか、あるいは限定された空間にとどまったのか、いまはまだわかりません。本木さんをはじめ、時代劇をこれまで何度もやってこられた方たちが、特有のリアリズムを出す術をすでに身につけておられたことに大いに助けられました。
もとき・まさひろ 1965年、埼玉県生まれ。アイドル歌手として活躍後、俳優の道へ。主演映画『おくりびと』(08年)は、米・アカデミー賞外国語映画賞を受賞するなど国内外で高く評価された。近年の出演映画は『海の沈黙』(24年)、『TOUCH/タッチ』(24年)など。還暦記念フォトブック『awai 刹那と永遠のまにまに』が発売中。
くろさわ・きよし 1955年、兵庫県生まれ。1983年監督デビュー。『CURE』(97年)で国際的に注目を集め、『岸辺の旅』(15年)で第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞受賞、『スパイの妻』(20年)で第77回ヴェネツィア国際映画祭・銀獅子賞受賞、2021年紫綬褒章受章。『Cloud クラウド』(24年)はアカデミー賞国際長編映画賞日本代表に選出された。
INTRODUCTION
直木賞×山田風太郎賞×「このミステリーがすごい!」第1位ほか、史上初の4大ミステリーランキングを制覇した米澤穂信の同名小説を映画化。『岸辺の旅』(15年)や『スパイの妻』(20年)などで国際的に高い評価を得る黒沢清監督が初の時代劇を手がけた。主演を務めた本木雅弘と黒沢監督とは初タッグとなる。第79回カンヌ国際映画祭の「カンヌ・プレミア」部門に選出され、正式出品を果たしている。
STORY
荒木村重(本木雅弘)は暴虐な織田信長のやり方に反発し、籠城作戦を決行する。城は織田軍に囲まれ孤立無援に。生と死に向き合う戦国の世にあって、村重は殺さずの信念を守る武将だった。村重は妻・千代保(吉高由里子)を心の支えに、城と人々を守ろうと苦心する。そんな時、城内である少年が殺される事件が発生。その後も怪事件が次々と起こる。容疑者は、密室と化した城内に居る家臣や身内の誰か。城外は敵軍。城内は裏切り者。誰もが疑心暗鬼になっていく中、村重は牢屋に囚われた危険な天才軍師・黒田官兵衛(菅田将暉)と共に謎の解決に挑む。事件の驚きの真相と、村重がたどり着いた決断とは──。
STAFF & CAST
監督・脚本:黒沢清/出演:本木雅弘、菅田将暉、吉高由里子、青木崇高、宮舘涼太、柄本佑、オダギリジョー/2026年/日本/147分/配給:松竹/©米澤穂信/KADOKAWA ©2026映画「黒牢城」製作委員会

