7月17日発売の『なぜ米国はイランに負けたのか』(文春新書)は、短期決戦をめざすトランプ大統領を「ポーカープレイヤー」に、持久戦を厭わないイラン指導部を「チェスプレイヤー」に喩え、大規模奇襲攻撃を受けながら、結果的にむしろ世界最強国を追い詰めたイランの巧みな「非対称戦略」を徹底解説します。
著者の齊藤貢さんは、元イラン大使で、日本で唯一、イランとイスラエル双方の大使館に勤めた経験の持ち主で(世界的にも珍しく他国の外交官に話すと驚かれるそうです)、イランとイスラエル双方の「内在論理」を熟知する稀有な方です。4年前から岩波書店刊の本で〈米国・イラン間の対立・緊張は、世界中を巻き込む新たな紛争となりかねない〉〈中東からの原油の輸入が止まれば、日本は大混乱に陥るだろう〉と警鐘を鳴らしていました。
(※本稿は、前掲書から一部抜粋したものです)
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現在、米国とイランは、まるで「異種格闘技戦」を戦っているようです。
米国のドナルド・トランプ大統領が「ポーカー」(予測不可能性と直感で勝負する短期決戦)──「トランプ」だから「ポーカー」なのでしょうか──をやっているのに対して、イラン側は「チェス」(一手一手、理詰めで考える持久戦)を指している。異なるルールで同じゲームをやっているから、互いに相手の「意図」を読み間違ってしまう。
トランプ大統領は、交渉(ディール)で有利なポジションに立つために、まず「高めのボール」を投げます。要するに「ブラフ」(ポーカーで弱い手札なのに強い手札のフリをして相手の判断を誤らせる「はったり」や「虚勢」)をかけるわけです。
ところが、イラン人にはそもそも「ブラフ」という発想がない。なので、「高めのボール」をそのまま真に受けてしまう。そう受けとめてしまうのは、イラン人が「目には目を、歯には歯を」という「相互主義」的発想をするからです。この「相互主義」は、もともと古代メソポタミアのハムラビ法典に由来するものです。
イランでは、この「相互主義」が、国家間の衝突においても、「同等の報復措置」を正当化する論理として用いられています。
ですから、トランプ大統領が「高めのボール」を投げてくると、「相互主義」にもとづいて、イラン側も「高めの報復措置」を採ろうとします。その結果、互いの「意図」を超えて事態がエスカレートしがちで、互いに望んでもいない衝突が起きる危険性が高まります。
トランプ大統領が「ニューヨークの不動産屋」だとすれば、イランの指導部は「ペルシャ絨毯の商人」です。商売のスタイルがまったく対照的なのです。
イランでは、一枚の絨毯を買うのに半年くらいかかります。
一方、トランプ大統領の交渉術は、「直感」と「即断即決」の「ニューヨークの不動産屋」のスタイルです。
要するに、交渉のスタイルがまったく対照的なのです。これが「ポーカー」と「チェス」の違いとなって現われています。
6月21日、22日にスイスで、米国とイランの高官協議が行なわれましたが、最終的な和平合意に至るかは不透明で、この戦争が最終的にどのような結末を迎えるのかは、正確には分かりません。
とはいえ、この戦争ですでに明らかになったのは、超大国米国の軍事的侵略に対して、イランの「非対称戦略」が絶大な効果をもったことです。
イラン側は、大規模奇襲攻撃で甚大な被害を受けながらも、巧みな「非対称戦略」で米国を「持久戦」に引きずり込み、徐々に形勢を逆転させていきました。「ホルムズ海峡の封鎖」によって、「ガソリン価格」を高騰させ、11月に中間選挙を控えるトランプ大統領を追い詰めていったイランの手腕は実に鮮やかでした。
イランは、「軍事面」での劣勢を、「政治戦」「経済戦」「心理戦」で補う構図を見事につくり出しました。米国の航空戦力や海軍力と真正面から競えば、「戦術的」に勝ち目はない。しかし、米国社会の弱点、すなわちエネルギー価格と世論に圧力をかければ、「戦略的」には勝負できる──これこそ「非対称戦略」の核心です。
現代の戦争とは、爆弾の威力だけで勝敗が決まるものではありません。政治、経済、社会、心理、そのすべてを巻き込んだ「総力戦」であることを改めて認識させました。
そして今、世界最強の軍事力を誇る米国のトランプ大統領を最も苦しめているのが、ガソリンスタンドの「ガソリン価格」であるのは、究極の逆説ではないでしょうか。
齊藤貢(さいとう・みつぐ)
1957年生。元イラン大使、関西学院大学客員教授。1980年、一橋大学社会学部卒業、外務省入省。外交官として、エジプト、サウジアラビア、イスラエル、国連代表部(ニューヨーク)、イラク、UAE、ベルギー、タイ(UNESCAP日本政府常駐代表)、オマーン(大使)などに勤務。2020年、外務省退官。サウジアラビア、イスラエル、イランの3国で勤務した唯一の日本の外交官。趣味は手品。著書に『イランは脅威か――ホルムズ海峡の大国と日本外交』(岩波書店)。
