面白い小説を読みたくありませんか? しかし、「面白い」ってなんでしょうかね?

 僕は数年前まで、出版社でアニメや漫画のライセンスを販売する営業サラリーマンでした。要するに「面白い」ことを契約書で現実のお金に換える仕事をしていました。その一方で空いた時間に趣味で漫画を描いていました。

 僕が本業で売っている1話数千ドルで売れていくアニメの原作漫画と、僕の描いている一円にもならない漫画は一体何が違うのか、よく考えました。1話数千ドルの漫画で描かれる感情にはきっと数千ドルの価値があり、僕が描いている漫画の感情には一円の価値もないんだな、と思っていました。取引先様のいらっしゃる立食パーティーでは営業マンは一口も手をつけないようにしていました。それは取引先様の美味しいという感情には価値があり、営業マンの感情には何の価値もないからなんだ、と自分に言い聞かせていました。毎日、消しゴムのように摩耗していました。漫画を描くことだけが僕の救いでした。

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 僕が漫画家デビューした賞は、インターネットでの読者投稿の賞でした。そのあとも、編集者にボツにされたネームがインターネットでバズって書籍化をするということがありました。そういう漫画は、最初にインターネットに載せた時点では、0円です。誰も原稿料を払わないし、読むのも無料です。その時点での僕の漫画はこの世にあってもなくてもいい存在であるというのが僕以外の人から冷静に見た現実だったでしょう。

 でも僕にとってはそうではなかった。なぜなら僕は漫画を描くことで自分の魂を救済していて、僕の魂はそれ以外の方法で救われることができなかったからです。読者の方からコメント欄に「この漫画を読んで自分と同じように性格の悪いことを考えている人がいて安心した」という感想をいただくたびに、そうか、読者さんの心にも僕と同じような醜さとか、苦しみがあったんだとわかりました。そのような読者さんの感想には明らかにお金以上に僕を癒す力がありました。自分と同じ形に心が削れてしまった人と固くハグしてお互いの欠損を埋めあっているような暖かさがありました。人の内心が書かれた創作物というのは、作者個人のごく個人的な話であると同時に、そうやってお金に絶対ならなさそうな感情を一つ一つ指さして、名前をつけて、皆さんの心の中にも存在すると確認することで、同じ形の魂の実存を確認する営みであり、それこそが創作物の存在する意味、面白さの泉源なんだと思うようになりました。

 と、まあ、そうして意味のわからないことを口走るようになった上に、お金に執着がなくなってしまった僕は営業マンとしてはまるで使い物にならなくなり、会社を辞めて、漫画一本で生きていくことになりました。あーあ。

鳥トマトさん

 今回の「漫画でイけ」(と同時収録の「僕の血」)は僕の初めての小説です。内容はフィクションですが、僕のそういった経験が元になっています。僕が「インターネットお絵描きマン」から「漫画家」になるまでに経験したすべての喜怒哀楽が詰まっています。僕は漫画家なので漫画の力を信じているわけですが、小説には小説にしかない力があるのかも、と書いているうちに気がつきました。漫画はその「キャラクター」の話として読みますが、小説はどうも、そうではないような気がします。小説を読む時、読者さんは小説の中の「私」そのものと同化して感情を分け合っているのではないかということです。どうですか? 小説と小説の間に漫画が挟まれていたらどうなると思いますか? 読者さんの感情が小説の「私」と共にジェットコースターみたいに動いたら面白いと思いませんか?

 ……面白いと思ったので、やってみました。この本を読むと二人分の「限界崖っぷち漫画家」のヒリヒリする日常をアトラクションみたいに楽しんでもらえると思います。気が向いたら、乗ってみてください。

 何が面白いか、何が売れるのか、という問いは複雑な問いです。誰も答えを持っていません。なので、僕は勝手に僕の本を面白いと信じて生きていくことにしました。面白いから買ってくれる人がいるわけなので、そう思わなければ読者さんに失礼だと腹を括りました。

 僕が今まで四年間、漫画を本にして出し続けることができたのは、漫画の読者さんが僕の描くものを「面白い」と信じてくれたおかげです。だから、小説もそのようになったらいいなと願っています。皆様が僕の試みを「面白い!」と感じていただけたら、どうか応援していただけると嬉しいです。よろしくお願いします!

漫画でイけ

鳥 トマト

文藝春秋

2026年8月21日 発売

INFORMATION

漫画家vs編集者の愛憎劇 8/21発売! 鳥トマト『漫画でイけ』表題作を試し読み
https://books.bunshun.jp/articles/-/11115

8/21発売・鳥トマト『漫画でイけ』。第130回文學界新人賞最終候補作「僕の血」を収録!試し読みを公開 https://books.bunshun.jp/articles/-/11116

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