2019年4月19日、東京・池袋で起きた高齢ドライバーの暴走事故。愛する妻と長女を一度に奪われ、絶望のなかで泣き崩れた遺族の松永拓也さん。加害者の逮捕を求める声が上がる一方、身柄拘束に踏み切らない捜査への不信や、やり場のない怒りと葛藤のなかで、松永さんが警察官の前で見せた「心の叫び」とは――。

 記者として長年、同事故を取材してきたTBSテレビの守田哲氏の新刊『池袋高齢者暴走事故 遺族と加害者家族の2060日』(文藝春秋)よりお届けする。(全3回の1回目/続きを読む

愛する妻と長女を失った松永拓也さん。現在は交通事故撲滅、犯罪被害者支援のために活動している(画像:時事通信社)

◆◆◆

ADVERTISEMENT

「記者とどう向き合えばよいのかまだ自信がないんです」

 時計の針を少し前に戻す。松永は八月三日の南池袋公園での署名活動の際、真菜さんの故郷である沖縄でも署名活動を行うと発表した。ただ、積極的に発信をする一方で、メディアの単独取材には慎重な姿勢を示していた。私が沖縄への同行取材を申し込むと、松永は回答を保留した。

「記者とどう向き合えばよいのかまだ自信がないんです。最近はストレスでヘルペスも出てきたので。申し訳ありません」

 私から連絡するのは避けていたが、数日してから「取材を受けようと思います」と返事があった。松永と一対一で会ったことがなかった私は、事前に挨拶をしようと考え、出発の三日前、八月一四日の夜に実家を訪問した。

 松永は事故後、実家で暮らしていた。整理整頓が行き届いた部屋に招き入れられ、供物が所狭しと並べられていた仏壇で焼香した。鴨居や壁など目につく場所に、家族写真がぎっしりと飾られている。部屋の柱には、莉子ちゃんの身長を計ったときの横線が引かれていた。

 緊張しながら食卓に座る。左に松永、正面に父親、右に母親がいた。母親は小さな菓子をテーブルの上に置いた。

 父親は大柄な短髪で、松永とは全く異なる強面だった。腕を組んだまま憮然とした表情で口火を切った。