成人式の後で“振袖麻雀”

 吉田 千葉の検見川で合宿した思い出もありますね。東大では語学のクラス毎に、1学年上の先輩が入学前の新入生をオリエンテーション合宿に連れていくのが慣例です。それとは別の機会ですが、千葉の海に遊びに行きましたよね。

 片山 でも、伊豆半島の戸田(へだ)だったような気もします。東大の寮があるから。あの頃の記憶で言うと、成人式の日も一緒でしたね。最近は袴を着る女性が増えたそうですが、私は振袖を着ていて。

 吉田 成人式の後、浦和にある朝長邸にお邪魔しましたね。私を合わせて3人だけが招かれた。

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 片山 なんで3人を呼んだかというと、4人で麻雀をやりたかったから(笑)。麻雀が流行っていて、(教養学部のある)駒場にも雀荘がいっぱいありました。点棒のやり取りだけのファミリー麻雀でしたけどね。

 吉田 振袖姿で牌をツモっていましたけど、相当やりにくかったと思う。

成人式後、吉田氏が片山氏らと向かったのは…… ©文藝春秋

 片山 あと、映画を観に行ったよね。渋谷でブラブラしていたら、ばったり会って、アメリカ映画を観た。

 吉田 たしか、『アメリカン・グラフィティ2』だったような記憶が……。

 片山 渋谷が映画のメッカのような時代でしたね。パルコを中心とした公園通りも大賑わいで、「まだまだ給料は上がる」と誰もが信じて疑わなかった。ソニーのウォークマンが出たのも、あの頃でしたよね。

 吉田 1979年、我々の大学時代です。

 片山 大蔵省に入った時、留学したかったからコピーを取る時もウォークマンで英語を聞いていたんです。それを先輩に咎められて、「これ、英語ですよ」と言い返したら、いつの間にか尾ひれがついて、私が「この音楽聞いてみない?」と誘ったことになっていた(笑)。

 吉田 私はてっきり、片山さんは外交官になるものだと思っていたんです。3年生で外務省の採用試験を受けて合格していましたから。

 片山 私もそのつもりでしたよ。でも当時の東大法学部長で面接官でもあった芦部信喜先生が、「あなたなら大蔵省でもやっていける。中退はもったいないから、来年公務員試験を受けたほうがいい」と言われたんです。私もおだてられると木に登る性格ですから、「そう?」と思ってしまって。翌年、大蔵省に合格したら、芦部先生もすごく喜んでくれました。

 吉田 当時、東大経済学部の学生は、ほとんど都市銀行などの金融機関に就職していたので、私は競争戦略でメーカーを選びました。ソニーは他社より少しカッコよくていいかなと思ったのが、一番の理由でしたかね。

 片山 破竹の勢いだったソニーに吉田さんが就職したのはすごく印象的でした。将来の社長含みだとの噂もありましたし。

 吉田 それは多分違うと思いますけど(笑)。入社1年目で体験した大きなイベントといえば決算です。13時間半の株主総会に臨み、五反田のカプセルホテルに泊まったこともありました。1988年から2年間、秋葉原で量販店向けに営業をやって、翌年発売されたハンディカム「CCD-TR55」を売り歩きました。半導体も含め、日本のエレクトロニクスが輝いていた時期です。ソニーはCBSレコーズとコロンビア・ピクチャーズを買収するなど、絶好調でした。

※本記事の全文(約7000字)は、月刊「文藝春秋」9月号と、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(片山さつき×吉田憲一郎「同級生対談 “ミス東大”の真相」)。 全文では、下記の内容をお読みいただけます。
・お互い2005年が人生の転機
・フロンティアAIにどう対応するか

出典元

文藝春秋

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