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フランダースの犬のように人生は取り返しがつかない

 人生のほとんどは取り返しがつかないことで出来ている。

 緒方監督1年目、田中広輔幻のホームランで決まってしまった4位、あとで誤審でしたと謝られても順位が上がるでも再試合できるでもなく。初のCS出場前に前田智徳が怪我で離脱、引退表明。デッドボールの前には戻れない。誠也の骨折も安部の怪我もないまま去年のCSに戻ることはできない。25年の間に優勝を知らないで去っていった選手たちもいまのカープに現役復帰できる都合のいいタイムマシンもなく。

 フランダースの犬だ。ルーベンスの絵の前のネロだ。アロアのとーちゃんが反省しても戻ってこないよ。辛い。

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 中学時代の「自分の手を彫刻する」美術授業を思い出す。四角い蝋の塊から思い思いの手を削り出すのだ。私は美術は好きだったがその授業は憂鬱だった。彫刻刀でサクッと間違った部分まで削ってしまたら、もうくっつかないんだよ? おそろしくないですか。絵の具なら上に塗り重ねられるのに。失敗しないように選んだ自分のモチーフは「グー」。クラスに数人いた「パー」「オーケーマーク」「Vサイン」などのいかにも折れそうなあやうい指を削り出している子たちを度胸あるなあと見ていた。

 中学2年の私よ。蝋をうっかり削り落としても、そんなん取り返しのつかない失敗のうちに入らないよ。死なない。それくらいでは。だけどわからないのだ、弱さの渦中にいると。その失敗がちっぽけかどうか、その時の自分が決めるんじゃもの。

中学時代の「自分の手を彫刻する」美術授業 ©石田敦子

エデンの東 広島は西

 取り返しのつかない欠けをつかないなりに補えるのが強さなのだ。打てない打線を投手が相手をおさえることで補い、投手が打たれたら打線がさらに点を取ることで補い、ファインプレーで救い、エラーは次の打席で補う。弱いチームはエラーはエラーのまま、打たれれば打たれたまま、打てなければ走れもしない。

 弱さって加速する。

 マイナス×マイナスで無理にでもプラスにできれば強さだって加速できるけど簡単にはいかない。強さと弱さと愛しさと切なさと心強さと。

 怪我をした丸を野間が、薮田不調はフランスアが、打撃不調の菊池は自分の守備で補えた、強さ掛け算は今年もなんとか完成したのだ。

 夭折の青春スター・ジェームズディーンの吹き替えを担当した故野沢那智さんは「彼の痛いくらいの輝きが若さだけのものだったのか、そうでないのか、僕は知りたかった」とラジオでおっしゃっていた。とてもよくわかる。大人を敵にしてきた尖った個体は大人になってからが本番じゃないのか。別の煌めきはあるのか。あって欲しい。

 暗黒時代をぬけたあと、どう戦うのか。いまから暗黒時代に意味を持たせることができるのか。あの辛さに。「暗黒時代が長かったからいまのカープがあるんだよ、うんうん」なんてしたり顔で言いたくないなあ。抜け出したいってずっと戦ってた選手たちに失礼だ。

 スポーツ新聞記者の漫画を描いていた時期にマツダを取材させていただいた。試合前のカメラマン席から選手の練習風景を観た。記者席前にネットに囲まれたバント練習用打席一つ。当時バントが下手だ下手だと言われていた鈴木誠也がその打席に入った。ほんの3~4球、バントっぽいあて方をして首をひねりつつすぐ出て行った。私の隣にいた阪神ファンの担当さんは「え? もう終わり? 大丈夫なんですか、全然バントになってなかったけど!?」と心配したほどにあっという間だった。そのあとにすぐ菊池涼介がバント練習に入った。「さーて、誰を狙っちゃおうかな」と冗談を言いつつ、細かくどこに飛ばすかを決めて狙い通りにあてていた。さすがだった。

 その年、鈴木誠也は4番になり、前年度まで必要だったバントの場面はまったくなくなった。思い出すたび笑ってしまうバント練習だ。確実にできるようになる正統派と、パンが無いならお菓子を食べればいいじゃない=バントできないならホームラン打てばいいじゃない派。そうだ、暗黒の抜け方は様々あるね。だからこそ補い合える、強さは掛け算、弱さは割れる。

 優勝をしたとたん、ファンはくるりと真逆を向かねばならない。低い弱みの沼から優勝を見上げていたのに、その見上げていた高い壁の上に立ってぐらぐらしながら落ちる恐怖にストーカーされながら応援し続けるのだ。

 取り返しがつかないから生きていける。とりあえずそう言っとこう。今年の野球だけを応援できる。

 苦しい負けから別の何かを作り出せるのが強さだ。去年のCSからなにを創り出したのか暗黒錬金術を見せてもらおう。

文春野球用メモ ©石田敦子

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