『進め!電波少年』の「南北アメリカ大陸縦断ヒッチハイク」で一世を風靡したお笑いコンビ元「ドロンズ」の大島直也。タレント活動を続ける中、彼を襲ったのは離婚と同時に発覚した母親のステージ4の肺がんであった。

 がん検診で引っかかった母親に付き添って病院へ行くと、骨にも転移していることが判明。これを機に、大島さんは東京にアクセスしやすく、病院にも通いやすい宮前平にマンションを借り、母親と同居を始めた。しかし、母親はがん宣告のショックから反応性うつ病を発症。「もう2度と電話してこないで」と友人を突き放すなど、家から一歩も出なくなってしまったという。

肺がんを宣告された母親の介護のために同居を選んだ大島直也さん ©文藝春秋 撮影・今井知佑

母親に「帰ってきたら死んでるかもしれないから」と言われ…

 やがて骨への転移が広がり、母親は寝たきりの状態になる。特別養護老人ホームの空きを待つ間、大島さんが1人で排泄の世話などを担った。

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「おむつをはいても、排尿すると気持ち悪いらしくて自分で外してしまうんですよ。そのたびに布団が糞尿まみれになって。本当に地獄でした」

 自分自身もノイローゼ気味になり、毎日姉に愚痴を送る日々。仕事に出ようとした大島さんに対し、母親が「早く帰ってきて、帰ってきたら死んでるかもしれないから」と口にした際には、とうとう感情が爆発してしまったという。

特別養護老人ホームお見舞い。ステージ4の肺がんを宣告された母親のために引っ越して一緒に暮らしはじめたが…

 「母が寝ている横の床をバーンと叩いて『なんでそんなこと言うんだよ! そういうこと言われた方の気持ち考えたことあんのかよ!』って怒鳴ってしまって」

 その後、自己嫌悪に陥るなど精神的に追い詰められていた大島さん。介護疲れから事件に発展するニュースにも、「その気持ちはよく分かる」と共感を示す。「親だからこそ頭に来てしまうことがある。本当に介護は無理するもんじゃない、第三者に頼るべきですよ」と、自身の凄絶な経験から語る。

 インタビュー全文では、きょうだいとともに立ち会うはずだった母親の最期、そして母親を見送った後に大島さん自身を襲った脳梗塞についても、じっくりと話を聞いている。

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