大塚敦子というと、まず『さよなら エルマおばあさん』、それから盲導犬の話や猫の話を書いた人というイメージが強い。そんな著者が、なぜ『刑務所の文章教室』? と思った人も多いだろう。
著者は2009年から、「盲導犬パピー育成プログラム」という活動に携わってきた。これは刑務所の訓練生(受刑者)数人が盲導犬候補の子犬を預かって訓練するというプログラムなのだが、その後の取材で、「子犬を育てた経験を振り返ったとき、一言『よかったです』としか表現できない人たちがいた」一方、「自分が経験したことについて、『自分の言葉で』語ることができた」人たちもいた。それが気になったという。
そして自分の考えや感じたことを言語化して口に出し、書き留め、さらにそれをほかの人と共有することは大きな意味を持つのではないかと考え、刑務所で「心のライティング」の講座を開くことにした。
本書では島根あさひセンターと美祢センターでの試みが紹介されている。参加者は、前者が20代から40代の男性5人、後者が22歳から24歳の女性5人。罪状は窃盗、家にも学校にも居場所がなく風俗の世界に足を踏み入れ、違法薬物に手を出した、別れ話のあげく「彼女を助手席に乗せて運転中(中略)車内でつかみ合いの争いになり、ハンドル操作を誤って壁に激突」し、彼女を死なせてしまった、などなど。
そんな人たちに、「いまの気持ちを色にたとえたら?」「自分の人生を食べ物(料理)にたとえたら?」といった課題を与えて、思ったことや考えたことをそのまま書かせ、それをほかの人たちと話し合う。そのうち、谷川俊太郎やブッシュ孝子の詩、シルヴァスタインの『おおきな木』やバンサンの『アンジュール ある犬の物語』などの絵本、またモーパッサンの「首飾り」などが取り上げられ、参加者は登場人物についての感想を語り、物語の後日談を書くようになる。
受講者の反応や答えや創作が、思い切りストレートだったり、いじけていたり、妙に素直だったり、ぶっ飛んでいたり、うなってしまうほど面白かったりする。とくに絵本に刺激されての創作や、参加者同士のやりとりははっとさせるものが多く、絵本そのものの可能性についても考えさせてくれる。
このプログラムが出所後の人生にどんな影響を与えたかについてはあまり書かれていないが、ここでの体験はかけがえのないものとして記憶に残ると思う。
本書は「罰ではなく、自らを回復させ、自他を傷つけない生き方を選択できるようになるためのサポート」の実践記録で、随所に得がたい発見がある。それだけでも貴重な一冊なのだが、この本の存在そのものが、痛烈な社会批判になっているところが、ある意味切なく、また素晴らしい。
おおつかあつこ/ジャーナリスト、ノンフィクション作家。『さよなら エルマおばあさん』で2001年講談社出版文化賞絵本賞、小学館児童出版文化賞受賞。『保護ねこものがたり』など著書多数。
かねはらみずひと/1954年、岡山県生まれ。翻訳家。法政大学名誉教授。『日本文学の翻訳者たち』など著書多数。
