中学1年生でヤンキーになり、北関東で名を轟かせたレディース「魔罹啞(マリア)」の総長を務めた廣瀬伸恵さん(47)。ヤクザと付き合うようになり、覚醒剤に溺れ、売人となって逮捕。出所後に売人に戻るも、妊娠中に指名手配されて逃亡生活の果てに2度目の逮捕となった。
2度の逮捕と服役を経て、現在は建設会社「大伸ワークサポート」の社長として、刑務所や少年院の出所者を社員として迎え入れ、更生と社会復帰をサポートしている。当時の行為については深く反省し、更生の道を歩んでいるという。
そうした過去をあえて語るのは、同じような境遇にある人たちに現実を伝え、再犯防止や更生の一助になればとの思いからだ。
そんな彼女に、出所後まもなくの売人への復帰、警察の内偵を感じての逃亡、2度目の逮捕などについて、話を聞いた。
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出所後、すぐにヤクザが迎えてきて…
――保護房では毎日大声で歌っていたそうですが、何を歌っていたのですか?
廣瀬 浜崎あゆみとか、大黒摩季とか。また音響がいいんですよ。保護房って、響くから。それが気持ちよくて、ひたすら歌っていました。
――保護房にはどれくらい入っていたのでしょう。
廣瀬 刑務官につかみかかると、大体60日は保護房。出ては入ってを繰り返して、釈放当日までいました。「やっと今日で出所だ」と思って、「早く出せ!」とかって怒鳴って。で、やっと迎えが来て、外に出ることができて。
うちの母親が迎えに来て、刑務官から「この子は頭が狂ってるから、精神科病院に連れて行ってください」って言われたらしいです。でも「私は普通だよ。あんなところにいれば誰でもおかしくなるわ」と言って、家に連れて帰ってもらいました。
――出所後は実家に?
廣瀬 実家といっても、母が再婚相手と暮らしている家です。両親は離婚していたんですけど、どっちも私を見捨てたりしなかったんですよ。それぞれ仕事の合間を縫って、刑務所まで面会に来てくれたし。
その時はありがたさが分からなかったけど。でも、誰も身寄りがいないとか、親に見捨てられて疎遠になっちゃっている人とかを見ると、とってもありがたいことだったんだなと思いますね。
だけど、母のところにいても、すぐにヤクザが迎えに来て。またヤクザと遊び惚けて、すぐに売人を始めたんです。何の反省もない。
――そこしかない感じなのですか。
廣瀬 だって、刑務所に入れられてもあんなだったのに、一般社会で普通の仕事なんてできるわけがないなって。どう考えたって、OLは無理ですもん。そもそも学歴もないし。
その時はまだまだ調子こいてたから、刑務所に行ってたのに自分が強いとか偉いとか思い込んでいたし。普通の仕事に行って、威張り倒されたら絶対に相手をぶっ飛ばしちゃったりするのも自分で分かっていましたから。
