母親が米びつの中からシャブを発見

――それゆえ再び売人になったんですね。

廣瀬 私のことを母が引き取ったのは、経営していたスナックを手伝ってもらおうという母なりの魂胆があったんじゃないかと。ちょいちょい店を手伝ったりしていましたけど、それだけじゃ食っていけないというか、お金が欲しくて、また売人をやりだしたところもありました。

 スナックに出ながら、売人もやってたわけですけど、母にはすぐにバレました。実家にシャブを隠していたんですけど、私がいない間に掃除をしていた母が見つけたんですよ。

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――実家のどこにシャブを隠していたんですか。

廣瀬 米びつとか。いつも母が掃除機かけてるのに、なぜか米粒が落ちていて変だなって。それで米びつの中を見たら袋が入っていて、その袋の中に大量にシャブが。

――お母さんもショックですよね。

廣瀬 依存症の人たちを支援するダルクがあるじゃないですか。そこへ無理やり連れていかれて。「この子は覚せい剤の売人をやめられないんです」って言ったら、ダルクの施設長が「うちは依存症の人たちが対象なので、売人がやめられないという子はちょっと……」と断られちゃって。

 母親は真面目だから、いろいろ私に言うんですけど、それがウザくなって自分でアパートを借りました。

後輩から「噂の廣瀬さん」と持ち上げられて

――出所後も逮捕前と変わらず売人を続けていたと。

廣瀬 前の客たちが「帰りを待ってたよ。廣瀬のネタよかったからさ」って集まってくるんですよ。あとレディースの「魔罹啞」がまだ続いていたので、後輩たちも寄ってきて。

――その頃、たしか27歳ですよね。

廣瀬 私が出所した時は、「魔罹啞」は10代目とかだったんです。だから1代目の私が雲の上の人みたいになっていて、8代目、9代目、10代目の子たちが「新しく入りました◯◯です!」ってあいさつに来て。

 で、初代総長としての放免祝いを、レディースの子たちがしてくれて。新しく入った子に「この方が噂の廣瀬さんだからね」みたいな感じで言われて、それが楽しいんですよ。

北関東で名を轟かせたレディース「魔罹啞(マリア)」の総長を務めた廣瀬伸恵さん

 刑務所で時が止まったままでいたから、27歳にもなってまだお山の大将気取りでいたんですよね。何の反省もなく、何ら変わることもなく。組で言ったら会長職みたいな立場でずっと過ごしていて。そこへヤクザの人も絡んで、相変わらず売人だとか悪いことをして過ごしていたんですけど。

 そうしたら、好きな人ができて。それまで男をとっかえひっかえだったけど、その人とは一緒に住むことになって。でも、私のせいでガサが来て、一緒にいた彼も検査されることになったんです。