中学1年生でヤンキーになり、北関東で名を轟かせたレディース「魔罹啞(マリア)」の総長を務めた廣瀬伸恵さん(47)。ヤクザと付き合うようになり、覚せい剤に溺れ、売人となって逮捕。出所後に売人に戻るも、妊娠中に指名手配されて逃亡生活の果てに2度目の逮捕となった。
2度の逮捕と服役を経て、現在は建設会社「大伸ワークサポート」の社長として、刑務所や少年院の出所者を社員として迎え入れ、更生と社会復帰をサポートしている。当時の行為については深く反省し、更生の道を歩んでいるという。
そうした過去をあえて語るのは、同じような境遇にある人たちに現実を伝え、再犯防止や更生の一助になればとの思いからだ。
そんな彼女に、17歳で覚せい剤密売に手を出したきっかけ、最初の逮捕と5年の服役、ひたすら反抗的だったという獄中生活などについて、話を聞いた。
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北関東全域のレディースを制圧
――他のレディースとぶつかる時はアイスピックを持参して、相手の太ももを狙っていたと。「刺さっても何とかなるだろうということで、太もも」と話していましたが、何とかなるものではない気がしますけど。
廣瀬 メッチャ痛がりますね。でも、そこまでする人がいなかったんですよ。せいぜい木刀とか。でも私は、そうじゃなきゃ勝てない相手には平気で刺していたから、たぶん恐れられていたんでしょうね。
――「魔罹啞」を率いるようになって、どれくらいで栃木全体のレディースを従えました?
廣瀬 結成して1年以内には。駅前にいる茶髪のヤツなんか見かけたら、とっ捕まえて、シメて、黒髪にして、「真面目にやるか?」って。私が中学生の時にやられたようなことをコツコツと続けて、どんどんメンバーを増やしていました。
――遠征なんかもしたんですか。
廣瀬 群馬県にも支部がありましたし、茨城県にも支部を作りました。北関東全域。もっと広げたかったんですけどね。いいとこそんなもんで終わりました。
――つぶしにくる連中もいそうですが。
廣瀬 ケツ持ちがいたんでね。17歳ぐらいの時に先輩の紹介でシャブの売人をやるようになったのもあって、その人をケツ持ちにしたんです。何ならその人の愛人にもなって。
でも、女のケンカには入らないでもらっていました。その人に「ヤクザは出てこないでね」と約束をしたうえで、よそとケンカしていたんですけど、やっぱりケツ持ちがいることを知られて余計に怖れられていましたね。
