シャブの売人は「やめられない止まらない」

――17歳でシャブの売人になっていたんですか。

廣瀬 ケツ持ちになった人が、私に覚醒剤を預けて「これを全部売ってこい」と。「金にしてこい」って言われては、せっせと売っていました。

――シャブの売れ行きは。

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廣瀬 メチャクチャ売れましたね。当時、売人を探している人が腐るほどいて。「私、持ってますよー!」って手を上げれば「あ、そこにいたのか」ってたくさん人が寄ってきました。「捕まったら捕まったでいいや」ぐらいに思っていたので、堂々と売人をやっていました。

廣瀬さんと従業員のバイク

――月の売り上げはどのくらいだったのでしょうか。

廣瀬 月に200万円から300万円とかは。私の手元には4000~5000円とかで来たものが、2万とか3万に化けるから。しかも毎日お客さんが来るから儲かりました。さらに税金も取られないし、消費税も取られない。儲けたお金で特攻服に凝った刺繍をしたり、後輩たちをごはんに連れていって大威張りすることができましたね。

――売人は捕まるまでやっていたのですか。

廣瀬 ずっとやってましたよ。だって、やめられない止まらないですもん。

どんどん貯金ができて「お山の大将状態」に

――売人時代は、ご自身もシャブを?

廣瀬 私はどっちかというと、毎日やるというよりは“たまポン”でした。たまに打つから“たまポン”。といっても私の場合は、仕入れの際にいいネタかどうかのテスターとしてやるだけでしたけど。

 あんまりやっちゃうと、誰に売ったかとかいくら儲けたかとか分からなくなっちゃうから。遊ぶにしても、本当にたまにやるくらいです。でも「魔罹啞」では薬物禁止を謳ってたくせに、自分と自分の友達だけはやっていいよって理不尽なルールにしていて。みんなにはバレてましたけどね。

 売人の頃はお金が貯まるほうが楽しくて。売ってどんどん貯金ができて、後輩に「ホストクラブに連れてってやる。行くぞ!」みたいな感じでぞろぞろ行くのがステータスというか。まあ、お山の大将状態でした。