中学1年生でヤンキーになり、北関東で名を轟かせたレディース「魔罹啞(マリア)」の総長を務めた廣瀬伸恵さん(47)。ヤクザと付き合うようになり、覚醒剤に溺れ、売人となって逮捕。出所後に売人に戻るも、妊娠中に指名手配されて逃亡生活の果てに2度目の逮捕となった。
2度の逮捕と服役を経て、現在は建設会社「大伸ワークサポート」の社長として、刑務所や少年院の出所者を社員として迎え入れ、更生と社会復帰をサポートしている。当時の行為については深く反省し、更生の道を歩んでいるという。
そうした過去をあえて語るのは、同じような境遇にある人たちに現実を伝え、再犯防止や更生の一助になればとの思いからだ。
そんな彼女に、ヤンキーたちのたまり場となっていた実家の様子、中学生ながら温泉街でコンパニオンとして働いていた日々、レディース「魔罹啞」結成の経緯などについて、話を聞いた。
◆◆◆
「ヤンキーを極めたい」と何でも興味津々
――実家がヤンキーのたまり場になっていたとのことですが、そうなるとシンナーも嗜むようになるものですか。
廣瀬 シンナーは、家に来ていた悪い男の子たちが持ってきました。
――いわゆる純トロですか。
廣瀬 そうです。やっぱり少年院とかに入る男の子はヤクザともつながったりしていたので、そのツテで買ったり。男の子からもらってみんなで吸ったりしていました。「これ、楽しいから。ぶっとぶぜ」みたいな感じで渡されて。
こっちとしては「ヤンキーを極めたい」というのがあったから、薬物とかにも全く抵抗はなかったです。「やるんだったらやっとかないと」って、何でも興味津々でした。
――実際に使ってみてどうでしたか。
廣瀬 フワ~っと。自分の意識が飛んだり、幻覚が見えたりしましたね。「火のついたローソクを立てて、ゆらゆらする炎を見ながら吸うと、幻覚を見やすいよ」とかって聞くと、すぐにそれをやってみて。
シンナーがなくなったら、また買うために悪さをして。公衆電話や自動販売機を壊しては、中のジャリ銭を盗んだり、子供ながらの悪さをしていました。
昔はバールなんかでババーンとやれば、簡単にジャリ銭が取れちゃうから。で、それをシンナー代に使って。
