――なにもかも拍子抜け。

廣瀬 大人の学校みたいでした。「起床!」って起きて、自分の番号を言って、整列して工場に行って、簡単な仕事をして、帰ってご飯を食べて。社会と隔離された学校というか、淡々とした毎日で。

 

刑務官に味噌汁をぶっかけ保護房へ

――では5年間、何も問題を起こさず。

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廣瀬 いや、メッチャ起こしますよ。そこはやっぱり若かったから。

 ちょっと年上のムカつくヤツなんて、いっぱいいましたし。私もまだ自分がトップだって勘違いしている頃だったから、ちょっとでも生意気な口をきかれるとカーッとなっちゃって。あと、運動中とかに「ちょっと向こう行って」とか言われると「お前、誰に口きいてるん?」みたいな感じでつかみかかったりとか。だから、懲罰は多かったです。当然、しっかり満期ですよ。

――要注意人物だったと。

廣瀬 そうです。保護房っていう隔離された特殊な部屋があるんですけど、最後の1年はずっとそこにいました。

――刑務官に手を出したりとかも。

廣瀬 メチャクチャ。味噌汁ぶっかけたりとかしましたね。

――保護房では拘束っぽいことはされるのですか。

廣瀬 縛られはしないです。けど、ご飯もお味噌汁もおかずも紙皿にドバッて。普通はご飯、味噌汁って分けて並べるじゃないですか。でも保護房だと、どんぶりみたいな紙のカップにご飯と味噌汁とおかずを全部ぶっこんだものが、食器口からパッと出される。しかも紙スプーン。

――作業は通常通りですか。

廣瀬 ないです。寝てようが騒ごうが、ひたすら1人でいる場所です。呼んでも誰も来ないんですから。

 窓もなくて、まさに箱です。4畳半ぐらいあるんですけど、穴がポッコリ開いているところに、大小便をする。そこがトイレ。で、拭く紙ももらえないんです。拭けないから、肌がどんどん荒れていくんですよ。

――廣瀬さんは、それでも悪態をつくわけですか。

廣瀬 食器口が開いた瞬間に、刑務官の手をつかまえたりとか。ただ、騒ごうが寝ていようがいいんですよ。なんで、私は毎日大声で歌ってました。

写真=志水隆/文藝春秋

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