逃亡生活中に妊娠、指名手配も

――一緒になった彼もシャブをやっていたんですか。

廣瀬 もちろんです。でも簡易検査薬の線が薄かったから、「一応科捜研に持っていって、覚せい剤の成分かどうか調べて1週間後に迎えに来るからおとなしく待ってろよ」と言われて、その時は帰ってくれたんですよ。「これはラッキーだ」と思って逃げたんです。

 でも、逃亡生活の間に子供ができたんです。周りの人間から私たちが指名手配されているって聞いていたので、病院すら行けなくて。行ったら通報されますから。

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 当時29歳で「まだシャバに出て2年なのに、また刑務所かよ」と思って、とりあえず逃げていたんですけど、つわりにはなるわ、インフルエンザになっても病院に行けないわで、結構さんざんで。

「これ、十月十日経って、押し入れとか病院以外で産むのはさすがに嫌だな。だけど、刑務所も嫌だしな」と思いながら逃げて。その時は金もそこそこあったから、とにかく旅行三昧でした。

北関東で名を轟かせたレディース「魔罹啞(マリア)」の総長を務めた廣瀬伸恵さん

――逃亡中に旅行ですか。

廣瀬 海の近くのホテルや旅館に泊まって、刑務所に入ったら食べることができなそうな海産物を。ハマグリを食べたり、寿司を食べたり。お金も底をつくようになってきて、いよいよヤバいなと。それで彼の友達名義で家を借りてもらって、普通の暮らしをしていたら、ピンポーンって逮捕状を持った警察がきました。

 どんどんお腹も大きくなって不安だったし、「そろそろ捕まってもいいかな」なんて思っていたら、本当に迎えが来たというか。正直、逮捕されてホッとしました。

――一緒にいた彼も逮捕された。

廣瀬 もちろんです。まあ、ヤクザだったので。

――ちなみに逃亡中は売人を休業していたんですか。

廣瀬 生活費は売人をして稼いでいました。組の他の人の名義で、車と免許証を借りて、それで移動しながら。スピード違反で捕まってもその人の免許証を出しちゃって。宿も全部その人の名前でした。とにかく私だってバレないように。

――稼げましたか。

廣瀬 全然稼げない。堂々とはやれないので、半減以下ですよ。