2011年3月11日、東日本大震災。2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件。1995年1月17日、阪神・淡路大震災。
「災厄の日」にも、子供は産まれる。災難の中で産まれたからこそ、大人達はその子らに希望を託す。ある意味一方的な、親世代の希望に押し潰されそうな若者達の避難所「反希望クラブ」。今もっとも先鋭的に時代を捉える小説家の筆が、後ろ向きに前進するような彼女ら彼らの姿を全6話の連作短編集で描き出した。
「最初に書いた『希望の子』は、担当編集者へのプレゼントでした。コロナ禍の頃にお声がけいただいたのですが、“実は最近子供が産まれまして”とおっしゃる。ずっと暗い気分で過ごしていたので、勝手に凄く幸せな気持ちになったんです。子供と希望に関する物語を一編書いてみよう、と」
この第1話に「反希望クラブ」を立ち上げたスクールカウンセラーの青山梢、女子大学生の加納朝海(あさみ)、小学生の橋本雪花(せっか)という主要メンバーが登場する。過去のショックで失声症になっている雪花は、朝海に誘われ、アメリカから来た彼女の友達と三人で地元大阪の水族館に行く。このエピソードが第2話につながる。
「タイトル『カーマンライン』は宇宙空間と地球の大気圏を分ける架空の境界線で、飛行機内で朝海が淡い恋愛を回想する場面から始めようと思った時に浮かんだ言葉。すこし成長した雪花が福島の水族館で少年と出会う最終話『汽水域』は、海水と淡水が混じり合う水域のことですが、自他の境界はどこにあるのか、いつも考えています」
第3話「ウィンドミルでキドニーパイを」は、イギリスへの修学旅行をひかえた女子高生二人の話で、摂食障害、臓器移植などの言葉が極めて自然に、登場人物の現実として出てくる。第4話「羊の帰る家」は宗教二世の物語だ。
「新聞や雑誌やネットなどの雑多なニュースを、積極的にではなく、漫然と受け身に眺めるのが好きなんです」
そのようにして見つけた中国人留学生の記事が発想のもとになったのが第5話「歌うように生きて」だ。
「1989年6月4日、天安門事件の日に生まれた中国の青年リウと、陽キャの都内女子大生、潤。中国でバズった詩とか、日本で中国語の本の出版社を立ち上げたい人の記事とか、だんだん手持ちの牌が揃ってきて、麻雀をしているみたいな執筆だったかな(笑)」
読み進めながら、自分にとっての「あの日」が甦る。天災、人災、そして戦争やまぬこの20年代だからこそ生まれた希望の書に思えてならない。
いちほみち
大阪府生まれ。2022年『スモールワールズ』で吉川英治文学新人賞、24年『ツミデミック』で直木賞受賞。他に『光のとこにいてね』『アフター・ユー』など。

