4人組歌謡グループ「モナキ」を生み出したプロデューサーで、純烈のリーダーでもある酒井一圭が「週刊文春」の取材に応じ、モナキ誕生の舞台裏を語った。
11月4日(水)配信の「週刊文春 電子版」と11月5日(木)発売の「週刊文春」では、メンバーのおヨネの同級生やマネジャーにも取材し、ブレークまでの裏話を紹介している。本記事では、酒井がオーディションについて語った部分を抜粋してお届けする。
「スーパー銭湯アイドル」純烈の遺伝子を受け継ぐ弟分が、いま歌謡界を席巻している。純烈のリーダーの酒井一圭(51)がプロデュースした、セカンドチャンスオーディションを勝ち抜いた4人組「モナキ」である。
誕生は2024年2月に遡る。東京・渋谷区内のオフィスの一室。この日、酒井と所属事務所幹部らが一堂に会し、書類選考が行われた。応募者は、10代から70代まで約1000人。酒井はプロジェクターに映し出された書類を見つめ、「次、行こう」「これ、キープ」と次々篩にかけていく。歌唱映像を確認する中で、酒井の視線が激しく動いた。
「ちょっと待った! こいつの歌を聞こう」
画面には、サイドの髪を刈り上げた一人の青年の顔。自己紹介文には〈歌が好きで高校でコーラス、大学でアカペラをしていました〉と記されている。画面が切り替わり、殺風景なカラオケボックス内で青年は無表情でマイクを握る。
「賢いか、アホの顔してるよね……」
酒井が呟く中、彼はロックバンド「女王蜂」の楽曲「メフィスト」を、まるで本人が憑依したように歌う。その青年こそ、後にモナキの人気メンバーとなるおヨネ(29)だ。酒井が振り返る。

