誰かに評価されたいと思っている

 発売直後から、反響は凄まじかった。著者だけでなく、読者もこぞって「角幡作品の中でベスト」「早くも今年の最高傑作」とネットに書き込んだ。

 刊行から9カ月――、この秋に飛び込んで来た大きなご褒美に角幡は喜ぶと同時に驚いた。編集者とは、もう獲る賞がないんじゃないかと言っていたからだ。それはそうだろう、あれだけの賞をすでに手にしているのだから。

旅で使用した地図

「ノンフィクション部門の本屋大賞が創設されて、その最後の10作品に入ったことをまず知って、これは獲りたいと思っていました。やっぱり欲しいですよ。そして大賞を頂けて、今までで一番嬉しいです。今までで一番うまく書けたと思っているので。何の評価もされなかったら淋しいですよ。誰かに評価されたいと思っているので。

 今回の旅の内容は、約80日間、真っ暗な夜の世界を歩いて最後に太陽を見るという抽象的なテーマなんですが、その中に普遍的なものを表現できたという手応えがあります。僕が経験した極夜は、カオスだったんです。何から何までひっくり返される混沌とした世界。静寂の中に混沌がある。その部分をどうやったら表現できるんだろうというのが書く前の大きなテーマでした。それが自分なりにうまく書けたので、僕が経験した混沌ぶりを読んだ人にも追体験してもらえると思います」

©角幡唯介

あえて命綱のGPSを持って行かなかった理由

 角幡はこの旅にあえてGPSを持って行かなかった。暗闇のほとんど目印のない氷床を歩くのだから、現地のイヌイットですら「絶対に持って行け」と言う命綱だ。本当はできれば携帯電話も置いていきたかったが、それはさすがに妻に止められた。GPSを持って行かなかったのは、角幡の近年の探検のテーマである「脱システム」を実現するためだ。システムの外に出ることで自分が目指す探検に一歩でも近づくことができる。例えば、暗闇の中を重たい橇(そり)をひきながらもがき苦しみ進んだ後で、テントに戻ってきてGPSの電源を入れた途端に、目的地までどの方角にあと何キロというのが明らかになってしまっては、それはもう探検ではなくなるというのだ。できるだけ文明の力には頼らない。GPSの代わりに、六分儀で星の動きを計算し、居場所をつかもうとした。

 旅は、その脱システムの状況下で「何から何までひっくり返された」のだ。

©角幡唯介

「僕の想像をくつがえすようなできごとが次から次へと起こって、現実に呑み込まれることの繰り返しでした。だから書きやすかったんですよね。起きたことが面白いから。成功した冒険というのは意外と淡々と終わってしまう。そういった作品は読んでいても面白くない。今回は単調に何かが進むということはなかったから、そういう意味ではすごい体験でした。振り返ってみればすごく面白かった。いい旅だったなって気がしますね」

 少しは、角幡唯介のことを分かっていただけただろうか。『極夜行』を読むと、もっと彼のことを知りたくなるはずだ。

村を出発してから78日目、ようやく太陽と対面した瞬間 ©角幡唯介

『極夜行』
角幡唯介

定価:  本体1750円+税
発売日: 2018年02月09日