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なぜ「市場にアクセスできる自分」が「癒し」になるのか?

 それが心を癒す。なぜか。

 なぜなら、グローバル資本主義のもとで、雇用された労働者であることが、ますます不自由になっているからだ。

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 市場原理によって、富の格差が極大化しつつあるなかで、企業の力は大きくなり、市井の個人の力はどんどん小さくなっている。そういう中で、非正規雇用の問題は大きく広がったし、正規雇用の人だって、日々の労働環境は一方的に悪くなり、労働管理は強化されている。

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 それでも人生に満ち溢れるリスクのことを考えると、そういう巨大な力に従うしかない、と「普通」の人は感じる。不自由の中に身をおかざるをえない。そう、私たちは、市場という巨大な力に傷ついている。

 だけど、ビジネス本はそういう私たちに希望を与える。

 市場という超巨大で不可解な力に対して受け身的でいるのではなく、状況を分析し、戦略を立てて、主体的に立ち向かうことをビジネス書は教える。市場のプレイヤーになることを教える。すると、あなたの力はアリのように小さいかもしれないけれど、そのゲームのプレイヤーであるという点では、GAFAのような巨大企業と原理的には対等になれる。

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 ここに新しい自由がある。時間は消費されるものから、投資されるものになり、あなたはあなたの判断で市場と向き合える存在になる。あなたの舵を取り戻す。

 それは錯覚なのかもしれない。ヴァーチャルなものかもしれない。それでも、ビジネス本を読みながら、人は新しい自由に魅了される。市場に傷ついている私たちがいる。だから、その傷つきが「市場に癒される」。

「市場」はすべてを癒してはくれない

 さて、市場に傷ついた現代人が、市場に癒される。しかし、それだけで一生幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし、一件落着、というわけにはいかない。

 市場に癒されるとは、流動化する市場の世界を生きる自由で流動的な人間になることなのだけど、そうなったらそうなったで、人は難しい課題と直面することになる。

 家族やパートナーシップの問題だ。親密性の問題だ。

 私のカウンセリングルームには様々な人がやってくるが、その多くが親密な人との関係に悩んでいる。夫婦や、異性愛・同性愛カップル、あるいは子供や親との関係。ここにはビジネス本が語らない世界がある。

 思い返してみると、先の「転職の思考法」の主人公青野くんも転職に成功し、市場に癒される過程で、長く付き合っていた恋人と別れることになった。親密性が犠牲になったのだ。市場を生きる自由な人間は、親密性につまずきやすい。

 それはなぜなのか?