知り合いに、一日中ルノアールにいて、周囲の密談に聞き耳を立てている謎の人物がいる。彼から最近の面白い変化を聞かされた。ルノアールでは日夜、様々な勧誘がなされているわけだが、これまではその多くが自己啓発とか宗教であったのに、ここ最近は仮想通貨の勧誘が激増しているらしい。
それはメンタルヘルス業界のトレンドの変化を示唆しているように思う。
メンタルヘルス業界の流行り廃り
メンタルヘルス業界の流行り廃りは、ファッションよりは長持ちする気もするけれども、アイドルグループが誕生して解散する周期よりも短いかもしれない。
最近でも、スピリチュアルやヨガ、コーチング、あるいはアドラー心理学やマインドフルネスが、次々と脚光を浴びては、徐々に落ち着いていくのを、私たちは目撃してきた。
江戸時代の流行り神や19世紀ヨーロッパの催眠術師がそうであったように、そのときどきの社会の不安にピタリと対応する治療文化が生まれては消えていくのが、メンタルヘルスの世界だ。
そう思って、私自身は臨床心理学という地味な学問を専門にして、力動的心理療法という昔ながらのカウンセリングを日々提供していると同時に、現代的なメンタルヘルスの動向や民間で生まれる新しい心の癒しについてのフィールドワーク調査を行ってきた(たとえば、「野の医者は笑う」という本にそういうことを書いている)。
最新のトレンドは「起業」「副業」「転職」「投資」へ
これまでは生きづらい人々に対して、「自分の心を見よう」とか「本当の自己を見つけよう」とか、ちょっと宗教がかったりすると「魂を救済しよう」とか、そういう心の内側に目を向けさせるようなメッセージが発信されていた。
しかし、最近は「起業」とか「副業」とか「転職」とか「投資」とか、そういうビジネス関係のことに、心の癒しが求められているのだ。
本屋さんに行ってみるとわかる。ビジネス書が大量に売られていて、それらはビジネスの話をすることを通して、鬱々とした人生を大きく変える癒しの物語を語っている。「生きづらさ」の解決が、内面の変革だけではなく、「市場」という外的な環境を生き抜くすべに求められているのだ。
ここに現代的な心の風景がある。そのことについて考えてみたい。