ボールパークは社交場
日本では今や空前のプロ野球観戦ブームだ。どこの球場もスタンドは盛況で、とくに応援の中心である外野席はチケット入手が難しくなっている。熱狂なファンを抱える人気球団なんかになると、スタンドは180度応援団状態になり、観客の目はひいきチームの一挙手一投足にくぎ付けになる。ここでは応援のやり方や選手ごとにある応援歌を覚えないと、スタンドのノリについていけない。
そうかと思えば、俺は応援合戦している素人とは違うんだとばかりに、スコアブックとにらめっこしながら、あるいは、あれやこれやうんちくをたれながら観戦している「真面目な」ファンもいる。とにかく日本では、野球を観る側にもそれなりの真剣さが求められる。
それに対し、オーストラリアではやはりスタンドも緩い。
ここでは試合開始1時間も2時間も前に球場に来る人などほとんどいない。ファンはゲーム開始直前にわらわらと小さなボールパークに集まってくる。そして試合に飽きたらさっさと帰る。
球場にはせいぜい1、3塁ベースくらいまでの小さなスタンドしかない。その先にはフィールドに沿って土手が延び、ベンチやテーブルが置かれている。ピクニックエリアと呼ばれるそのスペースが実は一番の人気で、ファンはここで球場メシをつまみ、ビールをあおりながら、気の合う仲間とのおしゃべりに夢中になる。野球は話の合間にちらっと見る程度だ。中にはフィールドに背中を向けて座っている人なんかもいて、ファールボールが飛んで来ると危ないじゃないかとも思うが、このスペースは天井までネットで覆われているので、ボールが飛び込んでくることはない。ファールボールがこのネットに引っかかったり、ネットを超えて行ったりすれば、子供たちがそれを手に入れようと走り回る。その子供たちはと言えば、ピクニックスペースのさらに先にあるもはやスタンドとも言えない空き地でキャッチボールに興じている。球場によっては、スタンド裏にテントを張って、お絵かきセットで小さな子供を迎えているところもある。要するに、夏の夜長、あるいは休日を、ここで好きなように過ごしていってくださいということだ。
ファンのほとんどは地元チームひいきにはしているが、勝敗にはさほどこだわらない。そもそも目の前で行われているゲームは、ビールのアテくらいにしか思っていないようで、会話に飽きたらちょっと野球でも見るかというノリだ。おしゃべりの相手が控え選手ということもしばしばだ。小ぢんまりとした球場は選手とファンの関係をここまでかというほど密にする。
試合が終われば、フィールドがファンにも解放されて、即席のサイン会や撮影会が行われる。その風景は、日本の独立リーグのそれにも似ているが、オーストラリアの場合、そうやってファンに接している選手の中には、メジャーの舞台に立ったり、国際大会の代表選手であったりすることが大きく違う。
それは、観客が多くはないからこそできるファンサービスなのだが、選手たちは本当に最後のひとりまで満足いくよう、ファンに接している。サインの入ったボールやバットを抱えて満面の笑みを浮かべながら帰路につくファンを見て、ある球場スタッフがつぶやいた。
「エブリバディ・ハッピー」
おそらくビッグビジネスになる前の草創期のプロスポーツというのは、こういう風景だったのだろう。この原初的なプロ野球の風景に引き寄せられて、僕は数年に一度赤道を渡る。
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