それは3月31日の昼下がりのこと。ピコン!と通知が届き、スマホを開いて思わず目を疑った。画面に映し出された「公示」の「抹消選手」欄には、ありえない名前が並んでいたからだ。
スアレス、西田明央、山田哲人、西浦直亨、内川聖一、青木宣親──。投手のスアレスも含め、いずれもその前日の試合のスターティングラインナップに名を連ねていた選手ばかりである。1日早いエイプリルフールならタチの悪いジョークだが、そんなはずはない。今のこの世の中の状況を考えれば、抹消の理由はコロナ関連だろうとの思いがよぎった。
「新型コロナウイルス陽性判定について」という件名のメールがヤクルト球団から届いたのは、それからほどなくしてのことだ。内容はその後に報道されたとおり。PCR検査で陽性判定を受けた西田と球団スタッフが自宅隔離となり、彼らと濃厚接触の可能性があるスアレスら5選手と、その時点では登録されていなかったドラフト2位ルーキーの山野太一を自宅待機とした、というものだった。
大変なことになったと思った。神宮で行われた開幕3連戦で阪神に3タテを食らったヤクルトは、前日3月30日のDeNA戦(横浜)で今季初勝利を挙げたばかり。その試合にスタメン出場していた野手5人を欠き、31日の先発オーダーは前日とは打って変わったものになっていた。
1番・右翼 山崎晃大朗(27歳)
2番・捕手 中村悠平(30歳)
3番・中堅 塩見泰隆(27歳)
4番・三塁 村上宗隆(21歳)
5番・一塁 太田賢吾(24歳)
6番・左翼 中山翔太(24歳)
7番・二塁 奥村展征(25歳)
8番・遊撃 元山飛優(22歳)
この中で、わずか5日前の開幕スタメンにも名を連ねていたのは、2番・中村(開幕戦は8番)、3番・塩見(開幕戦は6番)、そして4番・村上の3人だけ。残る5人の通算出場試合数はその時点で計696試合であり、間もなく通算2000試合に到達する内川の1/3を少し超える程度である。
年俸3000万以下が加入条件!? 2016年の下町スワローズ
下町スワローズだ──。すっかり様変わりしたラインナップを見てそう思った。今を遡ること5年、2016年の8月。当時のヤクルトも畠山和洋(現二軍打撃コーチ)、川端慎吾、雄平といった主力選手が相次ぐ故障で戦列を離れ、それまでほとんど試合を休んだことのなかった山田までもが左第八肋骨骨挫傷で登録を抹消されるなど、レギュラー4人を欠くという窮地に陥っていた。
本来ならそこまでスタメン出場の機会はない「非レギュラー」主体で戦いに臨むナインに、数少ないレギュラーの坂口智隆がかけた言葉が「『下町スワローズ』の魂を見せてやろうぜ!」だった。要は、スター選手がほぼ不在のメンバーで「東京」を名乗るのはおこがましい。せいぜい「下町」といったところだろうが、そんなオレたちでもやれるところを見せてやろうぜ!というわけだ。
前年にオリックスを自由契約となり、年俸3000万円でヤクルトに移籍してきたばかりの坂口は、半ば自虐的に「3000万よりもらってるヤツは試合に出る資格はない」とも言っていたという。遠征中に山田が登録を抹消され、本拠地の神宮に戻った8月12日のスタメンは以下のとおり。
1番・中堅 坂口智隆(32歳)
2番・右翼 比屋根渉(29歳)
3番・遊撃 西浦直亨(25歳)
4番・左翼 バレンティン(32歳)
5番・三塁 今浪隆博(32歳)
6番・二塁 谷内亮太(25歳)
7番・一塁 鵜久森淳志(29歳)
8番・捕手 西田明央(24歳)
コンディションが万全ではなかった正遊撃手の大引啓次、打撃不振に苦しんでいた正捕手の中村もスタメンを外れ、坂口とバレンティンを除けばレギュラーとしてプレーした経験のある選手は皆無。日本人選手7人のうち、坂口の年俸3000万円を超えていた者はおらず、その総額は年俸3億6000万円のバレンティン1人分にも満たない。ところが、この「下町スワローズ」が健闘した。
山田が離脱した10日の中日戦(ナゴヤドーム)から4連勝を飾ると、黒星を1つ挟んで迎えた17日のDeNA戦(神宮)も9対1と快勝。「やっぱ、みんな試合に出たいんですよ。出ないことにはダメなんです。みんな今がチャンスやと思ってるし、目の色を変えてやっている」と力説したのは、日本ハムを戦力外となってヤクルトに移籍し、この試合で先制アーチを放った鵜久森だった。