僕が見た、最初で最後の潤んだ瞳
そんなある日。忘れられない事が起きた。
30歳で迎えた2019年4月7日。マリーンズ戦の走塁中に脚を痛め、診断は左膝裏の肉離れ。報道された情報では全治3週間。そこまで開幕9試合、打率.355、4本塁打、14打点と絶好調だっただけにショックは大きかったが、GWくらいには帰ってきて交流戦にはまた伝説を残してくれるだろう、そう楽観的に思っていた。しかし、リハビリは難航。1ヵ月……2ヵ月……3ヵ月……と、グラウンドで彼を見られない日々が過ぎてゆく。「ギータがいたらなぁ……」が口癖になってしまった。
そして8月8日。約4ヵ月のリハビリを経て、ついにヒーローが帰ってきた。タマスタ筑後での2軍戦。実に123日ぶりの実戦復帰だった。球場は柳田グッズを身につけた多くのファンが訪れ、安堵と期待に包まれていた。結果は死球と空振り三振。それでもギータがグラウンドでバットを振って、走り回っているその姿を見られただけで、本当にそれだけで、涙が出そうになった。「柳田悠岐」が野球をやっている事がこんなにも尊い事なんだと、スタンドで熱くなった自分の胸が教えてくれた。
試合後には報道各社による囲みのインタビューが行われ、僕もその場にいた。代表質問に答える姿は、これまでとは全く様子が違った。「まずは打席に立てた事が嬉しい。いま2軍で試合に出させてもらっているので、一生懸命そこでやりたいと思う」。試合中には一切感じさせなかった、感情の均衡をギリギリで保っているように窺えた。その後、各社の自由質問になり、本人には申し訳なくもあったけど、いちファンとしても、友人としても、聞きたかった事を投げかけさせてもらった。なぜか僕はもう泣きそうだった。
――この4ヵ月間……実戦を離れているなかで、どんな思いで過ごしていたんでしょうか?
本当にシンプルな質問。ただただ胸の内が聞きたかった。ギータは遠いどこかを眺めながら答えてくれた。
「そうっすねぇ……まぁ……治るかどうか分からないという部分で、不安……不安な気持ちがありました……」
絞り出していた言葉が止まり、ギータは顔を大きな手で覆った。瞳には熱いものが浮かんでいた。僕が見た、最初で最後の潤んだ瞳だった。最後にひとこと。「よかったです」。本当に、よかった。
初のキャプテンとして迎えた今シーズン。「マークがついているだけで何も変わらない。でも、藤本(博史)さんのためにがんばる。それだけ」と話したギータ。勢い余ってか4月5日にヘッドスライディングの際に左肩を負傷し、戦線を離脱。それまで絶好調。脳裏をよぎるものはあったが、今度は3週間で復帰。離脱中負け越していたチームは息を吹き返し、ギータはGW6連勝の立役者となった。
あんなにもグラウンドではたくましいヒーローは、遠征先のホテルでブドウ味のハイチュウを食べながらNetflixとゲームに癒されている。僕のせいなのかもしれないが、スポーツコーナーのインタビューなのに、野球の話はそこそこに、そんな話題をニカニカ話してくれる。
そんなギータがだいすきだ。
長いシーズン、もう今年で34歳になるし、しんどいところもあると思うけど、身体には気を付けてがんばってね。心から応援してるよ。できるだけ長く、球場でキラキラしているギータのプレーと、少年のような笑顔を眺めていたい。福岡にきてよかった、彼に出会えてよかった。
同世代のヒーロー、野球少年の到達点、ギータ。オフになったら、また焼肉にいこう。
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