『くらやみ小学校』(姫野カオルコ 著)

「子供というのは語彙が少なくて、経験則もなく、情報弱者であり、すごく無力ですよね。そんな無力な子供が閉じ込められてしまう場所が、学校だと思います」

 こう語る姫野カオルコさんは、新刊『くらやみ小学校』で“子供”を描きたかったという。冒頭の一篇「プールがいや」では、ある女性の“ぜったいに許せない”記憶を描く。

 姪と温泉に行った綾子は、姪の裸身をじっと見ている男の子に気付く。姪が〈男のガキは女湯には連れてこないでほしい〉とSNSに投稿すると「考えすぎ」「子供は無邪気」と返信が。その言葉に綾子は小学校時代の担任・渡部和代を思い出し、憤慨する。便所に裸足で行かされたこと、苦手な脱脂粉乳を飲めと強制されたこと。そして、水着に着替える時に腰に巻いていたタオルを剥ぎとられ、男子も見ている中で裸で着替えさせられたこと――先生がクラスの生徒たちに強いた理不尽に、今でも怒りを抱いているのだ。

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「この先生は悪気はないんですよ。ただ、子供が身体を隠しながら着替えるなんてイヤラシイ、子供は純粋で無邪気なんだから堂々と裸になって着替えればいいと思っているんです。でも、恥ずかしいという気持ちがあれば、もう無邪気ではないですよね。なぜ子供のことを、大人とは違うと考えてしまうのでしょう」

 収録作の中で最も長い一篇「ランドセルを持った女」は、学校で人気の先生が豹変してしまうその心理と状況を、彼女の小学生時代から辿るように描いていく。「ヘルシーでチアフルな」家庭で育ち、小学校で「一番の女子」だった彼女はやがて小学校の先生になるが、後輩の男性教諭に対していじめを行うのだ。

「ある公立小学校で、激辛カレーを無理やり食べさせて教諭が教諭をいじめた事件がありました。これをルポしたわけではないのですが、なんでこんなことが起こってしまうのかを考えて書いた一篇です。仲良しグループを作って固まるような子供っぽい縄張り意識って、普通は大人になる過程でバカらしくなるものですが、それが心地よいままの人もいるんですよね」

 他にも、侮辱したり依怙贔屓したりして生徒たちを振り回す中学教師を描いた「数学のこわい先生」や、孫娘の担任の悪口を言い立てる「うつろい」など、昭和から令和まで、学校の“くらやみ”を描き出す。

「いわゆるホラーや怪談ではありませんが、形を変えたゴシックホラーですかね」

姫野カオルコさん

 姫野さんは、「子供を書くことを使命にしている」と語る。

「あまり気づいてもらえませんが、小説を書き始めた頃からそうでした。小説で登場人物の子供時代を書くと『プロローグが長すぎる』と言われることがあるのですが、すごく心外でしたね。

 私は子供の頃のことをすごくはっきり記憶していて、小学1年生の時のクラスメートの名前も五十音で全部覚えています。同級生に当時のことを語ると、本人が覚えてないことまで覚えているので気味悪がられるんです。同じ世代の人と話しても、皆さんあまり子供の頃のことって覚えていないんですね。嫌なことが殆どなかった子供時代だったのかもしれません。それならいいのですが、でも問題は、起こった事をはっきりとは覚えていなくても、漠然と『あの時すごく嫌だった、つらかった』という気持ちを覚えている人。そういう人のために、当時は言葉の力がなくて説明できなかった気持ちを代わりに言ってあげたい。誰に頼まれたわけでもないですが、そんな気持ちで書きました」

ひめのかおるこ/1958年、滋賀県生まれ。『昭和の犬』で直木賞、『彼女は頭が悪いから』で柴田錬三郎賞受賞。他の著書に『ツ、イ、ラ、ク』『ハルカ・エイティ』『リアル・シンデレラ』『謎の毒親』『忍びの滋賀』『青春とは、』『悪口と幸せ』『うわべの名画座』など。

くらやみ小学校

姫野 カオルコ

小学館

2025年12月17日 発売