『孤独のグルメ』が映画化されると聞いた時は驚いた。短編映画じゃないよね? 2時間ぐらいあるのか?

『孤独のグルメ』というのは「井之頭五郎がただ食べるだけ」の作品だ。それは原作マンガから一貫したものであって「エピソードはあるがドラマはない」「エモさは潔いほど排除」なのが新しかったし、良かった。それが映画化。2時間食いっ放しか。

 今テレビのほうでは『それぞれの孤独のグルメ』というのをやっている。これは『孤独のグルメ』と明らかに違う。井之頭五郎は出てくる。あの口調で、あの顔で食っている。けれど主人公は毎回他にいる。

松重豊 ©文藝春秋

 男やもめの平田満。鍵っ子の小学生。いつも部屋で一人、さびしく弁当を食べている。ある日、子ども食堂の貼り紙の前で二人はすれちがう。平田満は、妻に死なれて家でやることもなく、近所の人に誘われても断る不器用な老人なのだが、道で声をかけられたのが子ども食堂のスタッフ。妻はそこで料理をつくるボランティアをやってたのだ。「ぜひ来てください!」と誘われて生返事をしてるが、またばったり会ったあの小学生に「いっしょに子ども食堂行こうよ!」と引っ張るように連れていかれて、エプロンつけさせられて料理の下ごしらえとかをする。おそるおそる。大きな鍋で煮えているのは、亡き妻の味つけを引き継いだ豚肉と大根の煮物なのだ。

 井之頭五郎は通りすがりに引っ張りこまれて手伝わされているうちに、なんだかノッてきて、最後には楽しく自分が盛り付けを手伝った料理を食べる。それだけ。『孤独のグルメ』の記号の役割で、この回は明らかに平田満と少年が主人公で、そして何よりもドラマを描くことに主眼が置かれている。一人の部屋で食べる冷えた弁当の味つけが濃すぎる。いかにもまずそうに、砂を噛むように食べる姿。そして明るい教会のホールで、子供用の椅子に腰かけて食べる煮物はしみ入るように美味しい。久しぶりに「あたたかい」食事を食べたことが、静かな表情から見えてくる。

 これは『孤独のグルメ』ではない。井之頭五郎がアリバイみたいに出てくるが、『孤独のグルメ』は井之頭五郎が必須なんじゃなくて「ドラマがない」ことが必須なのでは。やっぱり、テレビドラマだとドラマが欲しくなるのだろうか。

 ネットに書かれてた真偽不明の話によると、松重豊は『孤独のグルメ』をやってるのがあまり好きではなく、映画版の監督脚本で自分のやりたいことやって卒業するとかなんとか。映画版がもし『それぞれの~』みたいにドラマチック展開だとしたら、松重さんは「ただ食ってるだけ」なのがイヤだったのかもしれない。井之頭五郎って、実は胆力いる役なんだ、きっと。

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source : 週刊文春 2024年11月28日号