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ジャニー喜多川 緊急搬送「こんな事務所は辞めたらいい」

「週刊文春」編集部
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 衝撃的な一報は芸能界を駆けめぐった。中居正広、キムタクはじめ所属タレントはこぞって病院に日参し、総帥の回復を祈る。今回の入院騒動はいみじくもジャニー氏の凄まじい求心力と、帝国の落日をうかがわせた。最強を誇ったアイドル事務所はどこに向かうのか。

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 6月19日、有名病院近くの幹線道路には、黒塗りのワンボックスによる長蛇の車列ができていた。それぞれ後部座席に乗っていたのはジャニーズのアイドルたち。ジャニーズ事務所の社長、ジャニー喜多川氏(87)が緊急搬送された翌日のことだった。

「18日昼頃、ジャニー氏は渋谷区内の自宅マンションで倒れ、救急車で都内の病院に緊急搬送されました。搬送される際、ジャニー氏の意識レベルはかなり低下し、呼びかけにもほとんど反応することはなかった。血圧や体温が上昇し、一時はかなり危険な状態だったといいます」(社会部記者)

 300名以上のアイドルが在籍するジャニーズ事務所。1962年の創業以来、ジャニー氏は数多のスターを世に送り出してきた。

「ジャニー氏の緊急搬送の報は瞬く間に業界を駆け巡り、テレビ局や通信社も一斉に取材に動いた。重病説が取り沙汰されるなか、ジャニーズ側の説明は『心臓は動いている』の一点張り。いまだに具体的な病名や容体が明らかにされないことが、一層の混乱を招いているのです」(同前)

 報道陣が固唾を呑んで見守るなか、TOKIOや嵐、関ジャニ∞やKing & Princeなど、所属タレントが大挙して病院を訪れた。

「KinKi Kidsの堂本剛(40)も夜中に仕事先の大阪から駆けつけています。高齢のジャニー氏には幾度となく健康不安がささやかれ、実は検査入院をしたこともありました。しかし今回は異例の事態です。多くのタレントがスケジュールを調整し、顔をあわせる最後の機会とばかりに、ロケ先など全国から集結。何よりもその状況が深刻な病状を物語っています」(同前)

 テレビ局関係者によれば、病室には姉のメリー喜多川副社長(92)、メリー氏の娘でジャニー氏の姪の藤島ジュリー景子副社長(52)が付き添っているという。

真っ先に駆けつけたのは滝沢と中居

 真っ先に駆けつけたのは、昨年ジャニー氏から後継者に指名された滝沢秀明(37)、そして中居正広(46)だった。

「18日当日は面会謝絶だったにもかかわらず、中居は夜を徹して病院に留まっていた。翌日以降も中居の車だけが長時間、駐車場に止まったままでした」(前出・テレビ局関係者)

元SMAPの中居とキムタク

 木村拓哉(46)や東山紀之(52)も連日のように病院を訪れているという。

「最年長の近藤真彦(54)は23日までドイツに滞在していたが、出国前にジャニー氏と対面しています。監督を務めるレーシングチームのレースのために日本を離れたが、ドイツでもずっとジャニー氏の容体を気にかけていました」(芸能プロ関係者)

 最上階の病室でジャニー氏は呼吸器を付けた状態だったが、タレントが声をかけると反応する場面もあったという。

「『ジャニーさんっ!』と声をかけると、かすかに口元が動いているように見えたといいます。しかし、明瞭な言葉を発することはなく、衰弱した姿を目の当たりにしたタレントたちは一様にショックを受けている。直前まで大病の兆候はなく、入院の前週にもテレビ局のスタッフと打ち合わせをしたばかり。本当に突然のことでした」(同前)

 ジャニー氏をよく知る知人が言う。

「入院の知らせには本当に驚かされました。少し前に電話で話した時も、元気そうにしていたから。ただ昔から弱った部分を人に見せない方なので、私との電話では無理して声を張っていたのかもしれません」

幹部候補といわれるヒガシとマッチ

ジャニーズ帝国の弱体化も明らかに

 一方、ジャニー氏の入院騒動を目の当たりにした芸能プロ幹部は、「タレントの忠誠心に改めて驚いたが、帝国の弱体化も明らかになった」と語る。

 一体、どういうことか。

 グループ全体の売上高が年間1000億円を超えるとも言われるジャニーズ帝国。コンサートやグッズ、ファンクラブの会費などで巨額の売り上げを稼ぎ出すタレントは例外なくジャニー氏自身が見出し、育てあげた。

「報じられているように、ジャニーズには独立や解散のチャンスをうかがっているタレントは少なくない。その最後の防波堤となっているのがジャニー氏なのです。原石だった自分たちを発掘し、磨き上げてくれた恩義を感じているからに他なりません。今後、ジャニー氏が現場を離れれば事務所内の混乱は避けられない」(別の芸能プロ関係者)

“空中分解”状態のTOKIO

 なかでもとりわけ注目を集めているのが、元SMAP中居の去就だ。2016年末のSMAP解散以来、燻り続ける中居の独立問題に結論が出ると見られる。

「SMAP解散をめぐる話し合いで強硬派だった中居が一転、ジャニーズ残留を決めた最大の理由がジャニー氏への仁義です。説得の際、ジャニー氏は『僕に残された時間は少ない。2年後に必ず後悔するよ』と伝えています」(同前)

 他にも、事務所退所やグループ解散などの動きが活発化すると見られている。

「ジャニー氏の寵愛をうける堂本剛は、事務所の実質トップをつとめるジュリー氏と距離がある。以前から『ジャニーさんがいなくなったら事務所を出る』とまで周囲に漏らしています。またTOKIOは、昨年、山口達也がわいせつ事件で退所して以来、音楽活動を再開できないでいます。そのためボーカルの長瀬智也が不満を爆発させ、自然消滅寸前です。錦戸亮が脱退の意向を示す関ジャニですが、他のメンバーも脱退の意思を漏らしているといわれている。このようにジャニー氏の求心力でつなぎとめられていたグループの結束が崩壊する可能性が高い」(音楽関係者)

ジャニー氏が寵愛する堂本剛

 存亡の危機に直面しているのはベテランも同様だ。少年隊もグループとして10年近く活動がなく、東山を除く、錦織一清と植草克秀の2人は退所予備軍と見られている。

「舞台の演出を手がける錦織はともかく、ソロでもほとんど仕事のない植草はますます窮地に追い込まれるはずです」(同前)

 危機感の表れなのか、ジャニーズ事務所は社員だけでなく、タレントにまで厳重な緘口令を敷いている。

関ジャニ村上を直撃すると

 6月23日の深夜。関ジャニ∞村上信五(37)は、ジャニーズ事務所の本社ビルでメンバーらと打ち合わせを行っていた。

 事務所前に姿をみせた村上にジャニー氏の現状を尋ねたところ「ごめん、ごめんなあ」と言うばかり。両手を掲げて何も話せないとジェスチャーをつづけるだけだった。

村上を事務所前で直撃すると……

 別の音楽関係者が語る。

「ジャニーズを辞めたタレントも病院に駆けつけたが、病室に入ることはかなわなかったといいます。元SMAPの3人に対しては何の連絡もないそうです」

ジュニアの“溜まり場”だったジャニー氏の部屋

 ジャニー氏が倒れた自宅マンションは、デビュー予備軍の「ジュニア」と呼ばれる少年たちが頻繁に出入りする“溜まり場”だった。

 部屋を訪れたことがあるタレントが語る。

「高層マンションの最上階の2部屋分の広い部屋です。中央の柱には熱帯魚の水槽が設置されている。奥にはカラオケやルームシアターもあって、ジャニーさんは目をかけた少年に合鍵を持たせて自由に使わせていました。普段は、家政婦さんが身の回りの世話をしていたので、救急車を呼んだのはその方かもしれません」

 独身のジャニー氏は日常的に自宅にジュニアを招き入れ、プライベートの大半を少年たちと一緒に過ごしていた。

「キンプリの平野紫耀をはじめ、デビュー組もかつてはよくジャニーさんの家に行っていました。ジャニーさんの手料理は絶品で、ガーリックライスやフレンチトーストの味は忘れられない。ジャニーさんと一緒にテレビを見たり、本音で語り合ったり。あのマンションには多くの少年の思い出が詰まっているんです」(同前)

関ジャニ脱退をはかる錦戸

 11年にジャニー氏は「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」、「最も多くのNo.1シングルをプロデュースした人物」としてギネス世界記録に認定された。

 ギネス認定に感激したジャニー氏は部屋中を駆け回り、少年たちに「見て、見て!」と誇らしげに認定証を見せびらかしたという。

「ジャニーさん自身が、いつまでも子供のような心を持った人。ただ、あまりにも少年たちが騒ぐから、近所からクレームが出て別のビルに移った時期もあったんです。そこには約20メートルのプールもあり、ジュニアが入り浸っていました」(前出・芸能プロ関係者)

 もっとも有名な芸能事務所の社長にして、素顔が謎に包まれているジャニー氏。過去にインタビューを受けたことは数えるほどしかないが、少年たちとはお互いに腹を割って話し合う仲だった。

 ジャニー氏をよく知る別のタレントが明かす。

「ジャニーさんから怒鳴られたり、何かを命令された記憶はほとんどない。『戦争で人に使われる身だったから、自分が人を使うのは好きじゃないんだよね』と言って、ちょっとしたことでも自分で率先して動くし、偉ぶったところがまったくない。ジャニーさんがよく聞かせてくれたのは中居君や木村君との思い出です」

 特に中居の話になると嬉しそうな表情を浮かべたという。

「『歌は下手だったけど、テレビを見ながらずっと勉強してたんだよ。だから、ユーたちも勉強しなきゃダメだよ』と引き合いに出したり、中居君がアメリカでパスポートを無くした時の話をしていました。SMAPを育てた元マネジャーの飯島三智さんの手腕を高く評価していて、一時『次の社長は絶対に飯島。飯島しかいない』と語っていたほどです」(同前)

「もう僕の会社じゃない」

 一方で、ジャニー氏は、最近のジャニーズ事務所の方針に異を唱えることもあった。ジャニーズジュニアの育成がままならないことを嘆いていたというのだ。

「たとえば、ジャニーさんが映画や舞台に出したいタレントを提案しても、メリーさんから『ジャニーはあっち行って』とのけ者にされてしまう。ジュニアをデビューさせたいという意見もほとんど聞き入れられず、ジャニーさんは『(ジャニーズ事務所は)もう僕の会社じゃない』とため息をついていた」(同前)

 一向に芽が出ず、身の振り方を悩んでいたタレントにこう言ったこともある。

「ここにいたらやりたいことはできない。こんな事務所は辞めたらいいよ」

 別のタレントが続ける。

「事務所にできない相談でも、ジャニーさんは親身になって聞いてくれた。倒れたと聞いて若い連中はみんなショックを受けていますよ。自分でも『もう長くない』と言っていたし、車椅子を使うようになったので心配していましたが……」

 昨年7月、ジャニーズ事務所は体制を一新し、本社機能を新社屋に移転。企業ロゴも刷新し、各地に点在していた10社以上の子会社群を集約させるなど組織の大再編にとりかかった。

 旗振り役はジュリー副社長だ。

「タレントの発掘と育成をジャニー社長が担い、マネジメントや経営面をメリー副社長が司る姉弟両輪で今日の地位を築いた。高齢の2人に代わって現在、ジャニーズ本体で事実上の経営トップに立っているのがジュリー氏。今年1月に新設された子会社ジャニーズアイランドの社長を務める滝沢との“二頭体制”がすでに始動しています」(プロダクション関係者)

ジャニー氏“後継者”のタッキー

 滝沢はジャニー氏と共に主にジュニアの育成とマネジメントを担い、80名以上のデビュー組はジュリー氏が統括している。

 周囲が懸念するのは、長年くすぶり続けてきた滝沢とジュリー氏の“確執”だ。ジャニー氏の薫陶を受け、10代の頃からジュニアのまとめ役だった滝沢はかねてからジュニアの待遇に強い不満を抱いていた。

「滝沢はジュリー氏がジュニアに興味を示さないことに反発し、一時はジャニーズ退所まで考えていたのです。ジャニー氏は滝沢を説得し、子会社を設立、滝沢を社長に据えました。ジュニアの待遇は大幅に改善されましたが、まだ二頭体制になり半年しか経っておらず、経営基盤は確立されていない。滝沢の後ろ盾であるジャニー氏が社長を退くとなれば、タッキーvs.ジュリーの確執は再燃するでしょう」(同前)

「2020年問題」がもう一つの火種に

 ジャニーズが抱えているもう一つの火種が「2020年問題」だ。

「20年に事務所の稼ぎ頭である嵐が活動休止しますが、嵐やSMAPのような息の長いアイドルグループを生み出すことはもはや奇跡に近い。事務所がポスト嵐として期待するのはブレイク中のキンプリだが、次の人気グループを輩出できるかどうか。ジャニー氏は滝沢に育成部門を任せたものの、見通しは決して明るいものではありません」(別のジャニー氏の知人)

嵐は来年末に活動を休止

 滝沢とジュリー氏は、かつてのメリー・ジャニー姉弟のような関係を継承することができるのか。

「異能の男 ジャニー喜多川」(徳間書店)の著書がある作家の小菅宏氏が語る。

「今から40年以上前、100枚以上の写真の中からジャニー氏が少年を選ぶ場面を目の当たりにしたことがありますが、ジャニー氏の感性と世界観は決して他人が受け継げるようなものではない。彼は常に時代の先端をとらえていた。たとえ似たものは作れても、いつかは必ず見破られて飽きられる。その意味で、やはりジャニーズは一代限りの事務所だったと言えるでしょう」

 不世出のショービジネスマンの影響力は芸能界のみならず、テレビ、広告業界などにも及ぶ。だからこそその病状に大きな注目が集まっているのだ。

source : 週刊文春 2019年7月4日号

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