心が弱っている時はどんどん不幸なことが起こったり、夏バテをきっかけに何をする気も起きなくなっちゃったり、もしかしてこれ、悪魔の呪いかも……。『悪魔二世』を読んでから、なんだか日常のそこここに悪魔の存在を感じて仕方がない。なのに私の周りには助けてくれるあの子がいない。なんで!

 母親を亡くし叔父の家へと身を寄せた源間菊光は、父親が「悪魔」であることから、叔父から煙たがられていた。行方不明の父と再会し、母の死の真相を探るため、日々バイトと高校生活に励む中で、菊光は様々な悪魔が引き起こす問題に巻き込まれることになる。

 なんといっても悪魔二世たる源間菊光のキャラクターが魅力的。その出自にも関わらず悲愴感など露ほどもなく、あっけらかんとある種の悟りすら感じさせるような軽やかさで、人間らしさと悪魔らしさを行ったり来たり。その独特なバランスが作品全体の予測不能な不穏さの元になっている。たとえ裏切られても「価値がなくたって別にいいじゃん」と人間に手を差し伸べる菊光にキュンとしたかと思えば、次のシーンでは倫理観のズレにギョッとしてしまったり、その高低差が癖になる。シュールなコメディでありホラー、ダークなファンタジーでありほのぼの(?)日常系というジャンルレスさが唯一無二の作品だ。

 バイト先の同僚であり同級生の河城くんもまた、強い個性の持ち主。様子のおかしい店長がばしんばしんと頭を壁に打ち付けていても、同級生の菊光が頭に包丁が刺さったのにも関わらず血ひとつ流さなかったとしても、退勤時間になったらさっさと帰宅する様は二度見不可避。そりゃあバイトは定時で上がりたいものだけどさ……。淡々としているようで面倒見がよく、理不尽を絶対に許さない信念の強さと、それ故に先入観なく現実を受け入れる様子がどうやら菊光を救っているようで、2人の間には妙なバディ感があって目が離せない。

 他にも複雑な環境の菊光を注視するように上司に言われればばっさりと「私ひとりでは無理です」と真顔で言い切る担任や、両親の夫婦喧嘩に対し「喧嘩するのはしょうがないと思うんだ 夫婦って言っても他人だし」と大人顔負けのごもっともなセリフを口にする居候先の息子など、オフビートな会話劇に思わずくすり。シビアな展開が続くのにも関わらず、どこか明るくほのかに温かさすら感じるのは、登場人物たちがみな飄々としているからか。

 悪魔のデザインはおどろおどろしくもチャーミング。端正な絵はクールかつどこかレトロな雰囲気もあって、山岸凉子や石ノ森章太郎、永井豪や藤子・F・不二雄などの遺伝子を感じさせる。おしゃれな菊光の私服も見どころの一つで、登場する女子高生たちの制服の着こなしにもそれぞれの個性が見えて可愛らしい。

 徐々に悪魔側のルールが明らかになってきたところで、依然としてつかめない菊光の父親である悪魔と、母親の心臓の行方。新たに登場した悪魔祓いで副担任の荒牧先生はどうやら菊光の正体に気づいているよう。果たして敵なのか、味方なのか。菊光が人間と悪魔のどちらを選ぶのかを含め、目が離せない。

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source : 週刊文春 2025年8月28日号