私の大切な友人のひとりと、最初に言葉を交わしたのはSNS上だった。140字から漏れ出すそのセンスに夢中になり、そのほとんどに星マークをつけてお気に入り登録していた私は、もはや彼女のファンだったようにも思う。『友達だった人』を読んでいるとあの頃のことが思い浮かぶ。連絡先を交換し、実際に会うようになるまで数か月。けれどきっとSNS上で軽口をたたき、人気のない深夜にしょうもないことに盛り上がり、リアルの知り合いにはむしろ言えないような弱音をこぼし合っていたあの時から、私たちは友達だった。
顔も名前もわからない、でも確かにSNS上で友情を育んだ相手の葬式に向かう「友達だった人」、仕事に追われ、心身共に限界が近づいていた自分の前に、もう2人の自分が助けに来る「3人いる」、幼馴染とコミティアに出ることになった女性の胸の内、その友情の形を描いた「青色のうさぎ」、生き方を誰かに決められ多くを諦めてきた女性同士の社員旅行先での共鳴を描いた「指先に星」。同人誌として発表された作品と書下ろし作品の全4篇からなる短編集である本作。
どの話も自分と他者と、そこに生まれるかけがえのない関係性を丁寧に描いている。フォロワーや自分自身、幼馴染に同僚と、どれもこれも身に覚えのある関係性だからこそ他人事にはなりえない。「青色のうさぎ」の中で幼馴染が言った「人は物語の中に自分がいないか探してるんだって」という言葉の通り、この4作品の中にはきっと誰もがどこかに自分自身を見つけることができる。
ネットに掲載され、話題を呼んだ表題作の「友達だった人」がSNSの住民に刺さったのはまさしく彼ら……いや私たちの話であるからだろう。かわいいネイルの写真に「いいね」したり、言葉の中に別の言葉を見つけて呟いたり。主人公とフォロワーとの間のSNS上のやり取りは淡々としているけれど、ほのぼのと温かみがある。いつしかフォロワーのアイコンに使われているパンダとニワトリが、主人公の日常に溶け込んでいるように登場する様子にどこか既視感を覚えた。そして、SNS上でしか知らないからこそ、他の人は知らないその人の一面を知っているのだという自負にも。
個人的に刺さって何度も読み返したのは「3人いる」だ。日々の労働に蝕まれ、私がもう2人いたらあれもこれもしたいのに、1人じゃ足りないとぼやく主人公の気持ちが、あまりにも理解できたから。そして、どこか違う世界で生きているかもしれない自分を裏切りたくないと、私は踏ん張っているから。
どの話も印象的な余韻を残す。寂しさの中に希望を感じさせる爽やかさがあって、しみじみと染みる。なんだか見ないふりして痛くなかったことにした傷、諦めた結果失ったもの、忘れちゃだめだったはずなのに忘れてしまった記憶なんかを全部優しく掬い上げ、いつのまにか自分を大事にできなくなっていた自分をそっと抱きしめてくれたようで、たまらなくなった。
人生をしかと見つめる誠実な物語からしか得られない滋味に溢れた一冊だ。今の私に必要だったし、生活や人間関係に疲れたら、きっとまた手にとり、何度でも読み返すことだろう。友達だった人の、血だった部分。絹田みやさんの、優、の部分。
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source : 週刊文春 2025年12月25日号






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